もう一つの忠臣蔵・四谷怪談~幽霊の日にちなんで~
文政八年(1824年)7月26日、江戸は『中村座』で、鶴屋南北・作の『東海道四谷怪談』が初上演されました。
・・・という事で、今日は『幽霊の日』という記念日なのだそうです。
・・・・・・・・・・
最近では、少なくなりましたが、以前には夏になると必ず、テレビの深夜映画劇場でお目にかかったお岩さん。
この鶴屋南北(つるやなんぼく)・原作の『東海道四谷怪談』は、江戸時代の上演当時も、初演と同時に大評判となり、記録的はヒットとなった作品です。
今まで何度となくドラマ化・映画化もされて、たぶん若い方でもご存知でしょう。
しかも、実際にあった話をモデルにしている事から、その撮影現場でもお祓いをしないと祟りが起こるなどとして、今でも、役者さんやスタッフさんがお祓いを受けているシーンが芸能ニュースなどで報じられますよね。
確かに実際にあった話のようです。
ただし、元禄初期の1687年・・・四谷怪談が上演される100年以上も前の出来事・・・にも関わらず、名主が奉行所に報告書を提出したのは、文政十年の1827年。
何じゃそら!って気もしないではありません。
なんせ、すでに四谷怪談は上演され大人気になってから後の事ですからねぇ~。
ヤラセとは言いませんが、かなりニオイます~。
しかし、一応奉行所に報告書出しているんだから、「事実」という事にしときましょう。
しかも、実際の事件では、主人公のお岩さんが「もとからブサイク」という事なので、そのあたりにかなり信憑性があります。
作り話なら、お芝居のように美人という設定になるでしょうからね。
・・・で、その奉行所への報告書によれば・・・
四谷左門町の同心・田宮伊織(たみやいおり)の娘・岩は、ブサイクな上に性格もひがみっぽく、それでいて強情で、しかも家がお金持ちなもんで高ビーと・・・良いトコ無しの娘。
・・・な、もんで、誰も婿には来てくれないといった状況でしたが、お金持ちならお金持ちなりに、そのお金目当てで近づいて来る男は、いつの世にもいるもので、それが、仕事らしい仕事もしていない浪人の伊左衛門(いざえもん)という男だったのです。
伊左衛門は、うまい事入り婿になって、田宮家の後を継ぐ事になります。
ところが、伊左衛門の友達である与力・伊藤貴兵衛(きへい)という男が、奥さんがいるにも関わらず、愛人を作ってその愛人が妊娠してしまいます。
処理に困った貴兵衛は、その愛人・琴を伊左衛門に押し付けますが、この琴という女がメチャメチャ美人。
「こうなったら、琴を嫁にして、自分は田宮家に居座ったまま、岩のほうに出てってもらおう」と考える伊左衛門。
もちろん、友人の貴兵衛も100%協力体制。
伊左衛門は、酒にバクチにやりたい放題に遊びまくり、家に寄り付かず、たまに帰った時には岩にドメスティック・バイオレンスの嵐です。
当然、夫婦生活に悩み出す岩に対して、夫の友人として、相談に乗るふりをして近づく貴兵衛・・・「一旦、家を出て、少し距離を置いてみたら?」なんて、やさしく岩を諭します。
・・・で、岩が家出をしている間に、伊左衛門は琴を家に引き入れ、どさくさ紛れに祝言を挙げてしまいます。
その事を知った岩は、家に戻り、タダでさえものすごい形相をさらにものずごくして怒り爆発!
罵声をあびせるだけあびせて、そのまま行方不明となってしまいます。
その後、伊左衛門は突然亡くなり、田宮家は断絶。
貴兵衛のほうも養子が死刑となり、本人も無残な死に方をした・・・という事だそです。
んん?
お岩さん、殺されてないやん!
しかも伊左衛門は勝手に死んで、貴兵衛の養子が死刑・・・って、何か犯罪をやらかしたんだろうし、貴兵衛本人も無残な死に方・・・って、人間、死ぬ時は大抵悲しい・・・まして江戸時代なんだから、死ぬ時に、幸せな死に方のほうが少ないんじゃないかしら?
健康保険もないし、福祉もそれほど発達してるとも思えないし、まわりは刃物ぶらさげて町歩いてるし・・・。
これって、どこが事件なの?
当時は話題にならなかったこの事件を、『四谷怪談』がヒットした事によって、名主が事件を洗いなおして奉行所に報告したらしいけど・・・そりゃぁ話題にならないでしょう。
もっと悲惨な事件がたくさんあった中で、これじゃぁ、事件と呼べるのかどうか・・・。
ところで、皆さんは、『四谷怪談』と聞いたら、どのシーンを、一番に思い出しますか?
戸板の一方に、殺した奥さんの死体をくくりつけ、もう一方に誤って殺した下僕の死体をくくりつけて川に流す・・・。
「流れて行った」と思ったら、また足元に奥さんの死体・・・慌てて、棒か何かで向こうへやろうとすると、板がひっくり返って、男のほうの死体がグァ~ン!
てところではありませんか?
・・・実は、この部分が事実なのです。
しかも、初上演された頃の、とれたてホヤホヤの最新ニュース!
ある男が、妻の浮気に腹を立て、妻と不倫相手の男を殺して、戸板の表裏にくくりつけて、早稲田川に流した・・・という事件があったのです。
作者の鶴屋南北は、このニュースをいち早く芝居に取り入れ、「戸板返し」なる仕掛けを編み出します。
舞台の上に、「どんでん返し」のような仕掛けを造り、男と女の死体が瞬時に入れ替わるという、当時としては画期的な仕掛けです。
そりゃぁ大評判にならないはずはありません。
しかも、準備段階からスタッフにケガ人が続出し、「事実をもとにした・・・」というフレコミから、「お岩の祟り」の噂も・・・
実は、これも南北の計算・・・どんでん返しをはじめ、さまざまな仕掛けをほどこした舞台裏は、とてつもない迷路のようになっているうえ、あちこちから突起物が出たり、床に高低差があったり・・・と、ただでさえ危ないのに、「舞台が暗いから」と、舞台裏にもほとんど灯り無し・・・そりゃぁ、ケガ人も続出しますって。
ケガ人が出れば出るほど、興行が評判になるのも、南北さんにはお見通しです。
そして、もう一つ、南北はこの『東海道四谷怪談』に、大ヒットする要素を盛り込んでいたのです。
それは、『裏・忠臣蔵』とでも言いましょうか・・・まさに、もう一つの忠臣蔵なのです。
お芝居のほうの男の主役である民谷伊衛門(たみやいえもん)は、国元で汚職をしてしまったために浪人になってしまった赤穂の浪士、という設定なのです。
そして、女性の主人公お岩さんのお父さんも赤穂藩士、例の殿のご乱行で藩がお取り潰しになって、浪人となって江戸で貧乏生活を続けていたという事になってます。
(忠臣蔵については12月14日のページ参照>>)
南北の四谷怪談では、お岩さんはお金持ちではないかわりに、絶世の美女として登場します。
美人でやさしくて従順なお岩さんが、夫・伊衛門の身勝手な欲望のために毒薬を盛られ、醜く変わり果て、最後には殺される・・・哀れであればある程、その復讐の炎は怨念と化し、激しく燃え上がるのです。
この表と裏の忠臣蔵・・・江戸時代には、2本立てで上演されていました。
勧善懲悪・明快なヒーローである大石内蔵助。
影を持つダーティーなヒーローである民谷伊衛門。
江戸の人々は、この二つの忠臣蔵を、同時に楽しみ、その光と影の見事な演出に魅了されていたのです。
今日のイラストは、
その物ズバリ『四谷怪談のお岩さま』で・・・。
モロに顔を書くより怖いのではないかと、こんな感じの絵にしてみました~・・・って、言うか、とてもじゃないが怖くて、顔は書けましぇ~ん。
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コメント
でましたね~♪
きゃーッ!
素敵♪
好きなんですね~。2人が幸せになったという設定の「伝説」もいありましたよね。お岩稲荷というのは、お岩さんが信仰しえちて、夫婦幸せになった・・というの・・。なかったっけ?
投稿: 乱読おばさん | 2007年7月26日 (木) 20時10分
幸せになるパターンもあるんですか?
それは、知りませんでした。
あるなら見てみたいですね。
四谷怪談を見た後に、その幸せなほうを見れば、夜、安心して寝れそうです。
投稿: 茶々 | 2007年7月26日 (木) 20時43分
茶々様のように歴史に詳しい方や、歌舞伎・浄瑠璃等を好きな方は、忠臣蔵と四谷怪談が互いに裏表の関係にあることをご存知なんでしょうが、今ではかなりインテリジェンスの高い情報といえるのでしょうね。
江戸時代の人々は物事の光と影をしっかりと解った上で楽しんでたんですね。スゴイ!
「光あるところに影がある…」アニメの「サスケ」のナレーションを思い出しました。
投稿: とらぬ狸 | 2015年4月11日 (土) 09時29分
とらぬ狸さん、こんにちは~
何年か前に公開された佐藤浩市さん主演の「四谷怪談」が「忠臣蔵外伝」という題名だったと思います。
確か…忠臣蔵の映画を撮っていた深作欣二監督が、「歌舞伎の世界では忠臣蔵と四谷怪談が表裏一体となっている」事を知って、何年か後に、忠臣蔵に絡めた四谷怪談を制作したのが、この映画だと聞きましたから、やはり、歌舞伎ファンの方は、この二つの関係をご存じなんでしょうね。
歌舞伎では、昼の部が「忠臣蔵」で、夜の部が「四谷怪談」てなってるらしいですが、夜に見ると怖いでしょうね。
投稿: 茶々 | 2015年4月11日 (土) 16時32分