「うば捨て山」は本当にあったのか?
日本の各地には「うば捨て山」の伝説が残っています。
「おば捨て」あるいは「親捨て」、「棄老(きろう)伝説」と呼ばれたりなんかもします。
深沢七郎さんの小説『楢山節考(ならやまぶしこう)』が、映画にもなって大ヒットしましたから、それがどういう物かという事は、もう、ご存知ですね。
「食いぶちを減らすために、ある年齢に達した年寄りを山に捨てに行く」という話です。
古くは平安時代の『今昔物語』に『信濃の国の姨母棄山のものがたり』として登場します。
食べる事に精一杯だった昔の、苦渋の選択だったとは言え、胸が締め付けられる思いのする悲しい風習です。
しかし、しかし、皆さま、ご安心下さい。
実は、日本には、上記のような説話としては残るものの、本当に、親を捨てるという風習が過去にあったというちゃんとした記録はいっさい無いのです。
このお話は、もともと中国やインドにある「棄老伝説」が伝わった物で、日本のお話ではないのです。
では、なぜ?日本にそのような風習が無いにもかかわらず、全国的に広がり、あたかも昔、そのような風習があったかのように伝えられているのでしょうか?
それは、この「うば捨て山」の物語が、単に親を捨てに行く悲しい物語ではないからです。
日本で昔話として語られる「うば捨て山」のお話には、いくつかパターンがあります。
意地悪な嫁にせかされて・・・あるいは、貧困で食べる物がなくて・・・あるいは、60歳になったらという掟があるので・・・と、その理由は様々ですが、とにかく最初は、親を背負って・・・もしくは、「もっこ」という物に乗せて、大抵は母親を捨てに行くところから物語は始まります。
一つめのパターンは・・・
捨てに行く道々で、背負われた母親が、何度も木の枝を折っている・・・息子が「何で、木の枝なんか折るんだ?」とたずねると、「お前が帰り道に迷わないようにさ」と言う。
その言葉を聞いた息子が感激して、親を捨てるのをやめる・・・
みたいなパターンです。
二つめのパターンは・・・
やはり「もっこ」に乗せて捨てに行くのですが、到着後、あまりの心苦しさに、「もっこ」ごと打ち捨てて息子が帰ろうとすると、母が呼びとめて「次はお父さんを捨てる時に必要だから、このもっこは持って帰りな」と言われ、やはり、その言葉を聞いて反省し、連れて帰る・・・
というものです。
さらに・・・、
「60歳になったら親を捨てる」という国の掟があるにも関わらず、孝行息子がそれを実行できず、床下などに隠して養い続けていると、ある時、国に訪れた危機を、その親の知恵で救うという一件が起こり、老人の知恵は必要であるという事から、その掟は無くなった・・・
というパターン。
他にも、
一度捨てた母親を、心配になって迎えに行くと、母が山の神からもらった「打出の小槌」を持っていて、その後は優雅に暮らせるようになった・・・
なんていうのもあります。
こうして、いくつかのパターンを並べてみると・・・もう、おわかりですね。
「うば捨て山」のお話は、悲しい物語ではなく、「親を大事にすれば良い事がある」「親は誰よりも子供の事を思ってくれているのだから大事にしなくてはいけない」という、親孝行を教える物語なのです。
親を捨てに行く過程や、そんな風習が実際にあったかどうか?という事は、この物語にとって重要な事ではないのです。
このお話のテーマは、「親孝行をしなさい」「老いた親と暮らせる事を幸せと思いなさい」という事。
昔話の姿を借りて、子供たちに親孝行の尊さを教えているのです。
だからこそ、日本にはまったくない風習の外国の伝説であるにも関わらず、全国に広がり日本人の心の中に浸透する昔話になったのではないでしょうか。
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コメント
昔…親孝行したい時には親は無し。現代…親孝行したくもないのに親が居る。昨今のパラサイトシングルの話や老人虐待のニュースを聞くと、単なる笑い話と言ってられない気もします。
投稿: マー君 | 2009年4月 1日 (水) 15時21分
マー君さん、こんばんは~
ますます老人が増え、年金にも頼れない世の中・・・心配です~
投稿: 茶々 | 2009年4月 1日 (水) 20時11分