古代日本における鏡とは~鏡の日にちなんで…
今日11月30日は「い(1)い(1)ミ(3)ラー(0)」の語呂合わせで、『鏡の日』という記念日なのだそうです。
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鏡は、姿を映す日用品、化粧道具の一つですが、その歴史や起源なんて、書く事ができないくらい神代の昔から存在する物です。
しかも、古代の日本人にとって、それは、単なる日用品ではなく、とても重要な物だったのです。
あの邪馬台国の女王・卑弥呼は、魏から100枚におよぶ銅鏡を受け取っています。
中国では、すでに日用品として使用されていた鏡を、卑弥呼は祭祀の道具・神宝として使用しました。
卑弥呼の場合は、ご神体として鏡を祀るのではなく、その反射する太陽光を神に見立てて、鏡に神を取り込むというような神事であったと思われます。
そんな鏡は記紀神話でも重要なアイテムとして登場します。
皆さんよくご存知の、代々の天皇がで受け継いでいく『三種の神器』。
それは・・・
須佐之男命(素戔鳴尊・すさのをのみこと)が退治した八俣の大蛇(おろち)の尻尾から出てきたのを、姉の天照大神(あまてらすおおみかみ)に献上する天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ・草薙の剣)。
その天照大神が高天原(たかまがはら)で天岩戸(あまのいわと)に隠れた時、大神を岩戸から連れ出す手段、祈るための道具として使用された八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)。
そして、同じ天岩戸の時、大神の姿を映すために使用された八咫鏡(やたのかがみ)です。
やはり、ここでも神を映す道具として使用されています(7月6日参照>>)。
古代の人は、鏡が放つ、その不思議な光を、霊的なパワーとして感じてとっていたのでしょう。
八咫の咫は長さの単位で、一咫は約18㎝だと言います。
そうすると、この八咫というのが鏡の直径、もしくは周囲の長さだとしたら、その大きさは144㎝という、直径・円周・・・いずれにしても古代の物としては、とてつもなく大きな鏡という事になります。
以前は、「当時このように大きな鏡を造る技術はなかっただであろうから、この「八咫」というのは、千里眼や千畳敷などのように、実際の長さ・大きさなのではなく、とにかく巨大だという事を表現するために「八咫」と称したのだろう・・・」と推測されていました。
しかし、昭和四十年(1965年)、九州北部の平原(ひらばる)古墳から、直径46.5㎝の鏡が出土したという例もあり、もし、八咫が周囲の長さであるなら、それくらいの大きさになるわけで、あながち、オーバーな表現とは言えないのかもしれません。
そんな八咫鏡は、第11代・垂仁天皇の時に、大和から伊勢神宮に移されて以来、誰の目にも触れる事なく保管されていて、その姿は数度の火災により、もはや原型をとどめてはいない、などと言われていますが、その入れ物の大きさは、内径一尺六寸・外径二尺と『延喜式(えんぎしき)』に記録されていて、それなら直径約50㎝足らず・・・まさに八咫鏡という事になりますが・・・。
記紀神話の内容や、伝承されている鏡の真偽については、未だ研究中で、そう簡単に答えを出す事のできる物ではありませんが、この、今でも皇室で行われている代々鏡(鏡だけではなく三種の神器ですが・・・)を継承するという行為・・・おそらく、これは、日本における最も古い鏡の扱い方に近いのではないか?と思います。
古代の人々は、邪馬台国の卑弥呼や、記紀神話の神々が行ったように、鏡に神の姿を映す、あるいは太陽光に反射させ、神を取り込み奉る・・・取り込んだ神は、時として、逆に鏡から生まれ、危機を救ったりするという物語も生まれます。
そして、その神秘に満ちた鏡を、大切に保管するのは、選ばれた司祭や巫女・・・神秘的な神事をつかさどる彼らが、代々受け継ぎ、次の司祭・巫女に継承していったのです。
しかし、古代の人々が代々継承していったはずの鏡が、4世紀以降の古墳からは、死者の埋葬の副葬品として、数多く発掘されるようになるのです。
副葬品という事は、生前にその人が使っていた鏡を、次の代に継承する事なく、一緒に埋葬してしまうという事になりますね。
なぜ、継承しなくなったのでしょうか?
魏志倭人伝に書かれている邪馬台国の様子では、それまで乱れていた国を、卑弥呼が神秘の力で、一つにまとめたというような事が書かれています。
この先は、勝手な想像になりますが・・・
・・・という事は、4世紀のこの頃からは、シャーマン的な神秘の力で国を統治するのではなく、別の物で国を統治するようになったので、鏡を継承する必要がなくなったという状況が想像できますね?
その別の力というのは・・・そう、王の権力です。
神ではなく、王そのものがカリスマ性を持ち、その権力と、統治力で国を一つにまとめていった証しが、古墳から出土する副葬品の鏡・・・という事になるのかも知れません。
そして、権力の象徴の交代を暗示するかのように、今度は、その大きさを競う巨大古墳が出現する事になるわけです。
しかし、そうなると、最終的に支配を成し遂げたはずの天皇家にだけ、今も、鏡の継承が残っているという事になり・・・ちょっと矛盾が残り、謎は深まりますね。
今日のイラストは、
卑弥呼の鏡かも知れない『三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)』で・・・
本当はもっと細工が細かいですが・・・緻密に再現しようと思うと「鏡の日」に間に合わなくなりそうなので・・・(^o^;)
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