ネズミを捕って天丼を食おう!明治のペスト流行の話
明治三十三年(1900年)1月15日、ペストの流行に困惑した東京市は、『ペスト菌を媒介する家ネズミ・ドブネズミを一匹五銭で買い上げる』という通達を出しました。
・・・・・・・・
前年の明治三十二年(1899年)10月、初めて広島でペスト患者が発生しました。
その後、輸入の貨物から病原菌が進入し、神戸や大阪で相次いで患者が発生し、ペストは大流行の兆しを見せはじめます。
政府は慌てて、清国・インドなどからのボロや古綿等の輸入を禁止すると同時に、その対策に躍起になるのですが、当時は、対策と言えるような対策法はなく、患者が出るとその家の回りに囲いをして、立ち番の巡査を置いて家への出入りを禁止し、石灰で消毒するくらいの事しかありませんでした。
しかし、やっと文明国の仲間入りをしたばかりの日本国の首都・東京に蔓延しては一大事です。
東京にペストがやって来る前に、何とか予防しようと、東京市は、翌・明治三十三年(1900年)1月15日、『ペスト菌を媒介する家ネズミ・ドブネズミを一匹五銭で買い上げる』という通達を出したのです。
これで、東京市民はエライ事になってしまいます。
なんせ、まだまだ一般庶民には、「ちょっと高いかな?」と思われるワンランク上の大エビ2匹入りの上天丼が、ちょうど五銭の時代だったのですから・・・
ちまたには、
「ネズミを捕って天丼を食おう!」
なる流行語が生まれます。
天丼だけではありません。
お酒も、当時は1升・三〇銭・・・て事は、一日一匹でもネズミを捕れば、その晩は、一合半の晩酌にありつけます。
そうなると、家族を総動員してネズミを追いかけまわし、中には、一家の大黒柱が仕事を休んでまで・・・まさに、猫も杓子もネズミ狩りへと走るのです。
確保したネズミは、各派出所などに持って行き、そこで金券と交換。
ネズミさんのほうは、石灰で消毒後、火葬場にて天国へ行ってもらい、金券を貰った市民は、指定の金融機関で現金に換えてもらうという仕組み。
そのため、派出所の巡査は、朝から晩まで、ネズミを持って来る市民の対応におおわらわ・・・とてもじゃないが、市内巡回なんてできやしない状態です。
でも、考えてみたら、危ない橋を渡って泥棒するより、ネズミを追っかけたほうが、効率よく稼げるかも知れませんから、意外に犯罪は少なかったかも・・・ですね。(勝手な想像ですが・・・)
なんせ、この時、完全に会社を辞めて、ネズミ捕りの没頭したある人物は、何と1ヶ月で2400匹のネズミを捕まえ120円を手にしたと言います。
今の上天丼が1000円前後と想定して簡単に計算すると、月・240万円ですからね。
かなりセレブな月収ですよ。
しかも、ご存知のようにネズミの繁殖力はハンパじゃありませんからね。
妊娠期間は約3週間で、一度に10匹強の赤ちゃんを産んで、その後6日経ったら次の妊娠が可能となります。
生まれた赤ちゃんは約1ヶ月で大人になって、またまた、3週間と6日おきに出産可能って事は、生まれる赤ちゃんの半分が女の子として単純な計算でいくと、オス・メスつがいの2匹のネズミのご家族は一年後には約3億匹って事に・・・
まさにネズミ算式に増えていきます。
こりゃ、捕っても捕っても追いつきやしません。
当然、東京市の財政の事を考えると、増え続けるネズミの買い取りを長く続けていけるはずもなく、港に臨時の検疫所を設けるなどの処置と入れ替えに、この制度は、ほどなく打ち切りに・・・。
しかし、翌・明治三十四年(1901年)になっても、ペストは、まだ衰えず、その年の5月には、今度は、またも東京市から『屋内を除くほか、はだしでの歩行を禁ずる』というお達しが・・・。
しかも、これはちゃんとした通達で、違反者には罰金はもちろん、禁固刑もありという厳しい物。
これを聞いた庶民は、またまた大騒動です。
なんせ、当時は車夫や馬丁・職人などの技術系の職業の人は、「はだし」で仕事をするのが当たり前の時代でしたからね。
そして、結局、ペスト流行で、最後の最後に儲けたのは、下駄屋だったとか・・・。
「風が吹いたら、桶屋が儲かる」というのは聞いた事ありますが、
「ペストが流行れば、下駄屋が儲かる」とは・・・
.
「 明治・大正・昭和」カテゴリの記事
- 日露戦争の最後の戦い~樺太の戦い(2024.07.31)
- 600以上の外国語を翻訳した知の巨人~西周と和製漢語(2023.01.31)
- 維新に貢献した工学の父~山尾庸三と長州ファイブ(2022.12.22)
- 大阪の町の発展とともに~心斎橋の移り変わり(2022.11.23)
- 日本資本主義の父で新一万円札の顔で大河の主役~渋沢栄一の『論語と算盤』(2020.11.11)
コメント
夏目漱石の『吾輩は猫である』にもこのネズミ買い上げの話が登場します。飼い主とその友人が「吾輩」がネズミを取らせて警察に買い上げさせよう、という話をします。とうとう「吾輩」がネズミの住みかとおぼしき穴の前で見張りながら、あやしくなってきたロシア情勢と絡めて兵法か何かを語る、という話でした。
『吾輩は猫である』は面白いネタの宝庫ではありますが、全部読み通すのは結構大変でした。もういちど挑戦する気はないですね。
庶民生活ネタは好きなので次のアップを楽しみにしています。
投稿: りくにす | 2013年1月15日 (火) 20時43分
りくにすさん、こんばんは~
『吾輩は猫である』は、結局全部は読んでないので、ネズミ買い上げの話があるのは知りませんでした。
漱石さんは時事ネタ好きですもんね~
投稿: 茶々 | 2013年1月16日 (水) 02時48分