明治の珍事件~風の神様の落し物?~初の気球実験
2日連続の明治の三面記事的事件ですが・・・今日のは、大いに笑える珍事件です。
明治十年(1877年)5月23日のお昼過ぎ、千葉県東葛飾郡堀江村(浦安市)の小さな漁村で、それは起こります。
朝からの漁も終わり、船や網の手入れなどしながら、村の漁師たちが浜辺でおしゃべりをしてる・・・そんな、のどかな、いつもと変わらぬ風景の中、ふと、空を見上げると、北西の方角から、何やら巨大な物体が近づいてきます。
「何じゃ?アリャ」
「クラゲのバケモンか?」
それは、空から落ちてくる・・・というよりは、ふわりふわりといった感じで、ゆっくりと降りてきます。
やがて、それは、浜辺にストンと・・・
近づいてみると、いやはや、思った以上に大きい・・・
その物体の高さは九間(約16m)、幅五間(約9m)、周囲十七間(約30m)。
大きな球形の物体で、全体に太い綱が張り巡らされていて、その綱の内部には、綱に沿うような形で、猫の皮のようなヌメっとした白い物が納まっています。
しかも、その綱の内側の物は、クラゲのようにブヨブヨ・・・。
おりからの風にあおられ、物体は、浜辺の上を回転しながら、あるいは、ズルズルと引きずられるように動き回ります。
知らせを聞いた村人が続々と集まってきて、浜辺は大騒ぎです。
「なんや、ラッキョウの化け物みたいやな」
「いや、デッカイ袋のようやで」
「ひょっとしたら、風の神さんの落し物やないかい?」
そう言いながら、はじめは遠巻きに見ていた漁師たちも、やがては、そのヌメヌメした皮の部分をさわりはじめる者、船の櫂(かい)でつっつきはじめる者・・・イロイロです。
しかし、コチラをつっつけば、アチラがポコンと膨れあがり、アチラをつっつけば、またコチラがポコンを膨れあがり・・・やがて、力自慢の若者が、「オリャ~」とばかりに力任せに蹴りあげると・・・
鈍い音とともに、皮が破れたかと思うと・・・プシュ~ッ!!!
その裂け目から、大量の臭いにおいの空気が、風のように吹き出しました。
「うわぁ!毒吐きよった!」
「逃げろ!逃げろ!」
もう、腰を抜かす者。
あわてて転ぶ者。
毒気をあびて倒れる者・・・
あたりは騒然となります。
・・・で、後に判明するのですが・・・
実は、この明治十年という年・・・そう、頃は、ご存知、西南戦争(2月15日参照>>)の真っ只中であります。
その西南戦争が始まったばかりの3月に、西郷軍に包囲された熊本城は、何とか籠城作戦で守りきり、その後の田原坂での勝利(3月20日参照>>)によって無事だったもの、50日間という長きわたって、城は孤立状態となり、中と外でまったく連絡が取れないという、とても危険な状態となっていました(4月15日参照>>)。
そこで、新政府軍は、緊急時の連絡用の新兵器の開発を馬場新八に依頼していたのです。
それは、奉書紙(ほうしょがみ・キメの細かい厚手の和紙)、130反(1反=約11m)をミシンで縫い合わせ、表面にゴムを塗った風船状の物で、中に蒸気ポンプで瓦斯(ガス)を送り込み、綱を編んだ物をかぶせて、その綱から伸びた先に、籠を取り付け、そこに人間が乗って、空を飛ぼうというシロモノでした。
つまり、軍事用の気球だったという事です。
明治十年(1877年)5月23日、築地の海軍兵学校で行われた実験では、海軍はもちろん陸軍の軍人・関係者が多数見守る中、金杉の瓦斯会社から運ばれた瓦斯を注入された2個の気球が、空高く舞い上がる・・・予定だったのですが・・・
残念ながら、一つの気球は、飛行直前に破裂。
・・・で、もう一つが、上記の大騒ぎの気球だったわけです。
コチラは、飛ぶには飛んだものの、つないでいた綱が切れ、あれよあれよという間に、風に乗り、東南の空へと消えてしまっていたのでした。
これが、日本初の気球の実験でした。
結局、この西南戦争で、実際に気球が使用される事はありませんでしたが、その後、気球は、イベント用の見世物として、一般の人々の知るところとなります。
やがて訪れた暗い時代には、日露戦争で偵察用に使用されたり、太平洋戦争の風船爆弾として、その技術が、軍事用に引き継がれていく事になりますが、現在は、ご存知のように、夢あふれる乗り物として、その飛距離を競うスポーツとしてもお馴染みですね。
それにしても、何も知らされていなかった明治の頃の一般庶民は、さぞかし驚いた事でしょうね。
「風の神さんの落し物」・・・なんだかわかる気がします。
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