京都~萩の名所・梨木神社と源氏物語の廬山寺
昨日は、秋の花だよりを追って、京都の萩の名所・梨木(なしのき)神社へ行ってまいりました~。
そして・・・
ついでにと言っては失礼ですが、梨木神社のお迎えにあます廬山寺(ろざんじ)へ・・・
廬山寺は、以前から何度も、その前を通りながらも、すでに閉門のあとだったり、別の用事があったりで、なかなか中に入れなかったのです。
ただ、昨日は欲張って、この後、別の場所へも行き、そこで、エライこと道に迷って右往左往して疲れ果ててしまい、家に帰って、そのまま眠ってしまいましたので、ちゃんとした紹介は、後々、ホームページのほうにupさせていただく事として、本日はとりあえず・・・という形で、少しばかりの写真とともに、ご報告させていただきます。
京都御苑の敷地内と言っても過言ではない場所にある梨木神社は、明治維新の功労者・三条実萬(さねつむ)と三条実美(さねとみ)父子を祀るため、明治十八年(1855年)に創建された神社で、三条邸が梨木町にあった事から梨木神社という名前になりました。
ここは、京都・屈指の萩の名所で、毎年9月の半ばからお彼岸の頃にかけて、萩まつりが行われ、今回はその直後・・・萩に下げられた短冊は、そのお祭りの時に飾られたものです。
また、境内にある染井の井戸は、京の三名水の一つに数えられ、いつも行列のできる井戸として有名です。
そして、その梨木神社のお向かいにあるのが、廬山寺・・・。
ここは、あの紫式部の邸宅のあった場所です。
もちろん、平安期の敷地はもっと広く、お向かいのその梨木神社のあたりから、現在の河原町通のあたりまであり、その中の建物が建っていた部分が、現在の廬山寺の建っているあたりなのだそうです。
河原町通は、文字通り、昔は、鴨川の河原だった場所なので、紫式部は、その邸宅から、毎日、すぐ東を流れる鴨川を眺めながら、源氏物語の執筆にあたっていたんですね~。
寺内には、源氏の庭と呼ばれる桔梗の名所のお庭があります。
山難まがら、昨日は、少しシーズンが終ってしまい、チラホラと言った感じですが・・・
転勤族だった父親とともに地方に行った幼少の頃はともかく、大人になってからは、藤原宣考との結婚生活や、一人娘の子育てなど、生活のほとんどをこの邸宅で過ごしていたので、おそらく、源氏物語はここで書かれたであろうという事だそうです。
ロマンあふれる、静かなひとときを過ごさせていただきました~。
,
「 京都・大阪・奈良史跡巡り」カテゴリの記事
- 本多政康の枚方城の面影を求めて枚方寺内町から万年寺山を行く(2019.05.25)
- ほぼ満開!枚方~渚の院跡の桜と在原業平(2019.04.08)
- 枚方~意賀美神社の梅林(2019.02.27)
- 堺・南宗寺の無銘の塔~徳川家康のお墓説(2018.07.10)
- 豊臣秀次と近江八幡~八幡堀巡り(2015.04.04)
コメント