母から息子への思い~野口シカの手紙
明治九年(1876年)11月9日、黄熱病や梅毒の研究で知られる医学博士・・・今では千円札でもお馴染の野口英世が誕生しました。
・・・・・・・・・・・
日ごろは、その方のご命日にその生涯を振り返る形でのご紹介が多いこのブログ・・・今回はお誕生日に書かせていただきます。
・・・というのも、今日は野口英世の・・・というよりは、その母・野口シカさんの手紙をご紹介したかったからです。
有名な手紙なので、ご存じの方も多いとは思いますが、とりあえず・・・
・‥…━━━☆
おまイの。しせ(出世)には。みなたまけ(びっくりし)ました。
わたくしもよろこんでをりまする。
なかた(中田)のかんのんさまに。さまにねん(毎年)。
よこもり(夜籠り)を。いたしました。
べん京なぼでも(勉強はいくらしても)。きりかない。
いぼし(烏帽子:近所の債権者)。ほわこまりをりますか(には困っていますが)。
おまいか。きたならば。もしわけ(申し訳)かてきましよ。
はるになるト。みなほかいド(北海道)に。いて(行って)しまいます。
わたしも。こころぼそくありまする。
ドカ(どうか)はやく。きてくだされ。
かねを。もろた。こトたれにもきかせません(誰にも言ってません)。
それをきかせるトみなのれて(飲まれて)。しまいます
はやくきてくたされ。
はやくきてくたされ。
はやくきてくたされ。
はやくきてくたされ。
いしよの(一生の)たのみて。ありまする
にし(西)さむいてわ。おかみ(拝み)。
ひかし(東)さむいてわおかみ。しております。
きた(北)さむいてわおかみおります。
みなみ(南)たむいてわおかんておりまする。
ついたち(一日)にわしをたち(塩絶ち)をしております。
ゐ少さま(栄晶様:修験道の僧侶の名前)に。ついたちにわ
おかんてもろておりまする。
なにおわすれても。これわすれません。
さしん(写真)おみるト。(神に捧げるように)いただいておりまする。
はやくきてくたされ。いつくるトおせて(教えて)くたされ。
これのへんちち(返事を)まちてをりまする。
ねてもねむられません
・‥…━━━☆
貧しい農家に生まれたシカは、その生活を支えるため、7歳の頃から子守り奉公に出ますが、仕事を終えた深夜になっても、月明かりのもとで読み書きの稽古をする勉強好きな少女であったと言います。
やがて年頃になったシカは、野口佐代助という男と結婚し、福島県耶麻郡三ッ和村(猪苗代町)に暮らしますが、この佐代助という男が、人は良いものの年中無職・・・お酒ばっかり飲んで全然働かなかったために生活は苦しくなる一方ですから、当然、シカが頑張って働くしかありませんでした。
ある日、畑仕事をしている最中、まだ1歳だった長男の英世(清作)が囲炉裏(いろり)に落ち、左手に大ヤケドを負ってしまいます。
村には医者はおらず、ちゃんとした治療が行えなかったため、英世には左手の5本指が離れなくなるという障害が残ってしまいました。
村の小学校にあがる頃、ハンディを背負ったままでは農作業が困難であると気づいたシカは、英世に学問を身につけるよう諭して、自らは、息子を学校に通わせるため、懸命に働くのです。
やがて、英世の成績の優秀さを知った猪苗代高等小学校の教頭・小林栄先生の配慮で、猪苗代高等小学校に入学・・・この学校で、左手のハンディについて書いた英世の作文が、教師や同級生の感動を呼び、手術のための募金が始まります。
集まった募金によって会津若松の開業医・渡辺鼎(かなえ)の手術を受ける英世・・・このアメリカにて西洋医学の最先端を習得していた渡辺医師によって、不自由ながらも左手を使えるようになった英世が、これをきっかけに医学の道を志すようになるのは有名なお話ですよね。
こうして努力を重ねて医者になり、アメリカに渡って立派な学者となった英世・・・
シカも息子に負けじと産婆の資格試験に挑みます。
小さい頃に勉強家だったとは言え、忙しさのあまり、ほとんど文字を書けなかったシカは、その試験を受けるため、読み書きを一から覚えるところから始め、見事、合格しています。
思うんですが、自分の過失によって、子供にハンディを負わせてしまう事になってしまった母親の気持ち・・・他人にはわからない、様々な思いが交錯した事と思います。
母親によっては、ハンディを背負った子供に対して、ついつい過剰な溺愛をしてしまうものなのかも知れませんが、それだと、おそらくは英世がここまで立派な医師になる事はなかったように思います。
「野口英世は借金王」なんて話もあるので、個人の性格などは実際に会ってみないとわかりませんが、少なくとも研究者として成功し、偉人となった人なのですから、その根底にあるのは、幼い頃のシカさんの英世に対する対応・・・過剰な溺愛にならず、それでいて愛情たっぷりに・・・
この手紙は、遠くアメリカに離れ、もう何年も会っていない息子に、試験の時に覚えた文字を駆使して書いた母からの手紙ですが、そんなシカさんらしい・・・
たどたどしいからこそ、愛が見える
たどたどしいからこそ名文・・・
この手紙を受け取った英世は、母が文字を書けるようになっていた事に驚いたとも言われていますが、ほどなく、忙しい研究の会い間をぬって帰国するという行為そのものが、母への返事・・・といったところでしょうか。
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コメント
こんにちわ、茶々様。
今朝は朝から泣いてしまいました。私は海外で事業をしています。今月に一時帰国して97才と87才の祖母の施設に直行しようと思っています。
朝から・・・マジで泣けました・・・
(ρ_;)
投稿: DAI | 2010年11月 9日 (火) 12時42分
DAIさん、こんばんは~
ホント、手紙を読むだけで感動してしまいますよね~
ぜひ、会いに行ってあげてください!
投稿: 茶々 | 2010年11月 9日 (火) 22時26分
はじめまして。
最近貴方のブログを見はじめた者です。
シカさんの子に対する愛情には学ぶところがたくさんあると感じました。
これからもブログの更新を楽しみにしてます。
投稿: 咲羅 | 2010年11月10日 (水) 00時38分
咲羅さん、コメントありがとうございますo(_ _)o
これからも、よろしくお願いします。
投稿: 茶々 | 2010年11月10日 (水) 01時33分
こんばんは。いつも楽しく読んでます。この話はお昼のテレビでも放送されて、母親の愛情の深さを再確認しました。父親の息子に対する愛情と、母親の息子に対する愛情は、天秤で量ることは出来ませんが、やはり“母親”は特別な存在だと思います。私は病気になりやすい体質で、以前、母に『もう少し健康な体で生んでくれたら良かったのに』と、自分は笑いながら、しかし、母はその事が気になっていたらしく、数日気落ちしていました。自分の体質は、誰が悪い訳ではないのに母に言った何気ない一言が、今は後悔していると同時に、そう感じる、考えるように育ててくれた、両親に今は凄く感謝しています。
“親の愛は山よりも高く、海よりも深し”昔、祖父から聞いた言葉です。
これからも大変だと思いますが、“今日は何の日”よろしくお願いします。
投稿: 佐賀の田舎者 | 2010年11月10日 (水) 20時24分
佐賀の田舎者さん、こんばんは~
>そう感じる、考えるように育ててくれた、両親に今は凄く感謝しています。
「親孝行 したい時には 親はなし」
って言葉があるくらい、普通は、なかなか親の愛に気づく事ができないものですが、佐賀の田舎者さんに、そう思ってもらっているご両親は幸せいっぱいですね~(。>0<。)
励ましのお言葉、ありがとうございます。
投稿: 茶々 | 2010年11月11日 (木) 01時26分
とても感動しました
いい話をありがとうございました。
投稿: とおりすがりん | 2011年5月13日 (金) 00時24分
とおりすがりんさん、こんばんは~
今日はなぜか、このページへのアクセスが大変多くあり、少し驚いております。
ありがとうございました。
また、ご訪問ください
投稿: 茶々 | 2011年5月13日 (金) 00時42分
とても感動し、自分と母を重ねてしまいました。野口博士とは異なりますが、私は生まれつき甲状腺が悪く薬を飲まなければなりません。母は『この子を産んで良かったのか』と自分を責めていた。と後から聞きました。子供の頃は反発もしましたが、今では母の子で良かった。と心から思えます。 親子愛を改めて考えさせてもらえて良かったです。
投稿: みちのく政宗 | 2013年5月23日 (木) 18時58分
みちのく政宗さん、こんばんは~
そうですか…
数々の思いを乗り越えていらしたのですね。
きっとお母様との絆も深まったのでしょうね。
投稿: 茶々 | 2013年5月23日 (木) 19時26分
野口博士と母シカさんの事を知ってから『このままじゃいけない!』と気持ちを入れ替え、出来る限り母やみんなの力になろう…。と思える様になりました。野口博士の様な世界の役には立てないけれど、私は私なりに人の為に何かをしてみたり、自分や母に恥じぬ生き方をしていきたいです。 『みんなが居てくれるから私がある。
みんなが優しいから私も優しく出来る。
こんな私を、みんなが生かしてくれている。』
それなら私が出来る事をしてお礼をしよう。』
私が気持ちを入れ替えた時に書いた言葉を書きました。
投稿: みちのく政宗 | 2013年5月24日 (金) 07時28分
みちのく政宗さん、こんにちは~
>みんなが居てくれるから私がある…
ホントにそうですね~
日々、感謝です!
投稿: 茶々 | 2013年5月24日 (金) 12時48分
はい。日々感謝の毎日です。私をそうさせてくれたのは母でした。母の優しさがあったからこそ、『母だって苦しんだんだ。病を抱えた自分が病に負けちゃだめだろ』って。本当にいい母に産んでもらえてありがたいです。そして、いつかは母も私もこの世を去ります。もし、生まれ変わったらまた母の子として産まれたい。そう思っています。また母を哀しませぬ様、健康な体として。
投稿: みちのく政宗 | 2013年5月24日 (金) 20時22分
みちのく政宗さん、そうですね。
子供さんから、そんな風に思ってもらえるなんて…お母様も喜んでおられる事でしょうね。
投稿: 茶々 | 2013年5月25日 (土) 01時26分
こう思ってるんだよ。なんて照れ恥ずかしくて言えませんけどね(^^)しかし、野口博士を息子に持てたシカさんは、幸せだったでしょうね。野口博士とシカさんの肩に手を回してる画像を見つけ私なりに想像してみました。『おっかさん、何かと心配かけました。あなたの息子はこんな立派に育ちましたよ。産んでくれてありがとう』といい、シカさんは『おまイがこんなにりっはにがんはっているときき、わたしはとてもとてもうれしいてす。』←(シカさん風に書きました。)と語り合ってる様に見えました。博士とシカさんは世界一幸せで羨ましい親子だな。と心から思えます。
投稿: みちのく政宗 | 2013年5月25日 (土) 14時18分
みちのく政宗さん、こんにちは~
そうですね~
想像するだけでグッとくるイイ光景です(*^-^)
投稿: 茶々 | 2013年5月25日 (土) 18時19分
はい(^^)見る度にジーンと心に響くいい光景です。いつも見ていたくて待ち受けにしてしまいました(f^^;)野口博士が火傷を負ったのは、天命だったのかな?なんて思ってしまいます。もし、野口博士の火傷が無かったら、野口英世は医学者になることも無く、母シカさんも普通の人で生涯を終えていたのかな?って。野口博士も母シカさんも有名になるべき人だったんですね。
投稿: みちのく政宗 | 2013年5月25日 (土) 19時14分
私は、無名ながらも詩人でもあります。野口博士とシカさんを思いながら詩を書いてみました。
人は生きている限り、
いつか幸せになれる。
例え、生活(くらし)は
貧しくとも、心まで
貧しくなったら寂しい
じゃないか。
どんな小さな事でも幸せ
だと思えればいいじゃないか。
幸せの無い人生なんて
ありはしないのだから。
いかがでしょうか?
投稿: みちのく政宗 | 2013年5月25日 (土) 19時51分
みちのく政宗さん、こんばんは~
詩を詠んでおられるのですね。。
元気をいただきました…ありがとうございます。
投稿: 茶々 | 2013年5月26日 (日) 02時38分
いえいえ(^^)お粗末な詩を詠んで頂きありがとうございます(^^)でも、私の詩を詠んで元気になってもらえて凄く嬉しいです。茶々さんの様に人に元気になってもらえる様な詩を書いていけたらいいな…。と思います。
投稿: みちのく政宗 | 2013年5月26日 (日) 12時30分
みちのく政宗さん、こんにちは~
お互い…これからも、ゆっくりと、1歩ずつ未来に向かって進んで行きましょう。
投稿: 茶々 | 2013年5月26日 (日) 14時24分
そうですね(^^)茶々さんと、ご家族・ご親族の方々に幸多き事を願ってます(^^)私は、ここ通して茶々さんと知り合えて、こうして楽しく会話出来る事を、とても嬉しく感じます。ありがとうございます。
投稿: みちのく政宗 | 2013年5月26日 (日) 15時09分
みちのく政宗さん…
こちらこそ、ありがとうございます。
投稿: 茶々 | 2013年5月27日 (月) 02時00分
いえいえ(^^)茶々さんの人柄と親しみやすさに、私は『久しぶりにいい方に出逢えた』と心から嬉しく感じてます(^^)
投稿: みちのく政宗 | 2013年5月27日 (月) 09時09分
この記事を読んで思い出したことがあります。2000(平成12)年のシドニーオリンピックで、柔道の井上康生さんが見事金メダルに輝いたとき、表彰式で亡くなったお母さんの遺影を抱いて表彰台にのぼり、一緒に金メダルをかけてもらっていました。このシーンを見たとき、ああ天国のお母さんは息子さんと一緒に金メダルをもらってどんなに嬉しかっただろうかな、人間、特に男性にとって母親はそれほどまでに特別な存在なのだなと改めて思いました。
投稿: アッチ君 | 2018年4月 7日 (土) 03時40分
アッチ君さん、おはようございます。
母の愛は無償の愛…だから特別な存在なのでしょうね。
投稿: 茶々 | 2018年4月 7日 (土) 06時09分