空海に物申す~けっこう過激な三蹟・小野道風
康保三年(967年)12月27日、平安時代の貴族で、能書家として活躍した小野道風が73歳で亡くなっています。
・・・・・・・・・・・
とは言え、
小野道風(おののみちかぜ・とうふう)と言えば、花札しか思い出さない私・・・
「いったい何をした人なのか?」
と、ひも解いてみても、よくわからないのですが、とにかく字がウマイ!
道風は中務省という所で少内記という役職についていて、古文書の清書をしたり、屏風に字を書いたりしていたそうな。
まぁ、活版印刷もワープロもない時代ですから、国の大事を公式に残す際に上手な字で書き残す事は大切なわけで、「字がウマイ」というのは、現代の私たちが思う以上に、この時代は重要な事だったわけです。
ところで、歴史の教科書に「三筆(さんぴつ)」と「三蹟(さんせき)」というのが出てくるのを覚えてらっしゃいますか?
平安初期(弘仁・貞観文化の時代)の三人の能書家を「三筆」と言い、平安中期(国風文化の時代)の三人を「三蹟」と言います。
「三筆」が、空海・嵯峨天皇・橘逸勢(たちばなのはやなり)
「三蹟」が、藤原佐理(すけまさ)・藤原行成(ゆきなり)・・・そして小野道風です。
ただし、この「三○○」・・・
初めて登場するのが、江戸は元禄時代の文献で、誰がどのような意味でこの3人を選んだのかもわからず、中には、現存する書が、本当にその人の直筆なのかどうか疑わしい物もあり(道風のは真筆と認められているらしい)、あまり意味のない事だそうです。
アイドル界の「3人娘」と言えば、真理ちゃん・ルミ子ちゃん・沙織ちゃんですが、彼女ら以外にもめぐみちゃんやアグネスがいたように、平安時代の彼らにも、その3人以外にも同じくらい字のウマイ人はいたわけで、しいて、その3人を選んで並べて覚える事に歴史的価値はないようなのですが、なんせ、未だに試験に出るそうで・・・そういう意味では、覚えておく事にこした事はないのかも知れません。
・・・で、花札で有名なシーン。
「ノホホーンとした天狗堂」「少年っぽい将軍堂」「シュッとした任天堂」…3社三様の花札の道風
(1家庭に3セットの花札、しかも真ん中はかなり使った感があるという事には触れないでください(*゚ー゚*))
これは、
ある雨の日、自分の書の上達が頭打ち状態だった=つまり、スランプに陥っていた道風が、「もう、書をやめてしまおうか」と思い悩んでいた時、ふと、横を見ると、柳に飛びつこうとしているカエルを発見・・・
しかし、そのカエルから柳の先まで、けっこうな長さがあり、とても飛びつく事ができるような雰囲気ではなかった・・・
「カエルってアホやなぁ・・・そんなん、届くわけないやん」
と思って、しばらく見ていると、
急に強い風が吹いて来て、柳の枝がしなり、そのタイミングに合わせるかのように、カエルは見事、飛びついたのです。
その光景を見た道風・・・
「カエルは一所懸命努力して、偶然のチャンスを物にして成功を収めたんや。
俺は、そんなチャンスを物にできるほど、日頃から努力してるやろか?
いや、してない・・・
努力もしてないのにカエルをバカにした、俺のほうがアホやったんや」
と、深く反省して、それからは血の滲むような努力をして、見事な能書家になったという逸話を題材にしているのだそうです。
何やら、偉人の香りがプンプンする逸話ですが、実は、このお話が登場するのも江戸時代からなので、本当のお話かどうかははっきりしません。
ちなみに、花札の絵柄になったのは明治の頃からと言われ、安土桃山時代に誕生したとされる花札の歴史からみると、比較的新しい登場という事になります。
そんな努力家の逸話が語られる道風さんですが、その一方で、鎌倉時代に書かれた『古今著聞集(ここんちょもんじゅう)』には、勝気なイケイケ道風が登場します。
道風は、かつて空海が書いた「美福門」と「朱雀門」の額を見て
「美福門の福の田の字がデカすぎ」
「朱雀門の朱の字が米に見える」
と、なんと「弘法の筆の誤り」を指摘したのだとか・・・
しかも、それだけにとどまらず、何やら、空海をバカにしたような詩まで作ったとの事・・・
晩年、中風にかかって、手の自由がきかなくなり、大いに苦しんだとされる道風ですが、巷では、「弘法大師の祟りでは?」と噂されたのだそうです。
なんせ、後に、その「美福門」と「朱雀門」の額の修復を依頼された、もう一人の三蹟・藤原行成が、仕事を始める前に、空海の像に花を捧げ、お祈りしてから挑んだというのですから、かなり有名な話となっていたのでしょう。
花札では、なんだかのんびりとポャ~ンとした雰囲気に見える道風さんですが、意外と、気性の激しい負けず嫌いの人だったのかも知れません。
まぁ、歴史に名を残す人というのは多かれ少なかれ、気性の激しい負けず嫌いだと思いますが・・・
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コメント
お正月には花札で、坊主めくりしていました。カエル(蛙)は努力家なんでしょうね。でも、成功するまで見ていた道風さんは辛抱強いです。
投稿: やぶひび | 2010年12月27日 (月) 17時09分
やぶひびさん、こんばんは~
>成功するまで見ていた道風さんは…
確かに(笑)
偶然のタイミングはなかなか訪れないと思いますが…
>花札で、坊主めくり…
百人一首ではないのですか?
ウチのやり方は
「いのしかちょう」
「まつきりぼうず」
「うめまつさくら」
あと、
「桜」と「月」と「菊(盃のヤツ)」の3枚で二杯飲みなどのヤクがあるヤツです。
短冊を全部集めたら「トンコロ」で、一発で「あがり」です。
未だに「トンコロ」という言葉の意味がわかりません。
ああ、懐かしい( ̄▽ ̄)
投稿: 茶々 | 2010年12月28日 (火) 00時00分
こんにちは。やはり、百人一首の絵札かな。もう何十年も前の話だから。今は百人一首も花札もトランプもできないかも。UNOも。
投稿: やぶひび | 2010年12月29日 (水) 13時25分
やぶひびさん、こんにちは~
ウチの花札のルールも、ちょっと変わってて、未だ、親戚以外で同じルールの友人に会った事ありません。
ウチの一族だけなのかも…
UNOはともかく、カルタ系はルールも様々です。
投稿: 茶々 | 2010年12月29日 (水) 15時07分
平安時代に73歳まで生きたと言うから、なかなかバイタリティーがあるんでしょうね。
江戸時代の祐筆(記録係)は筆の立つ人がやりますが、あれは実技試験があるんでしょうか?
「大河ドラマの題字が自分の筆跡に似ている」と言う指摘をした書道家がいますが、書道の筆跡は私にはなかなか見分けられません(笑)。
投稿: えびすこ | 2011年9月22日 (木) 17時57分
えびすこさん、こんばんは~
>江戸時代の祐筆(記録係)は
やはり、字がウマくないとなれないでしょうね。
>大河ドラマの題字が
ニュースでやってましたね。
字そのものの雰囲気は似てない気がしましたが、全体のデザインが似てるって事なのでしょうね。
投稿: 茶々 | 2011年9月22日 (木) 23時09分