たった一度の合戦記録~信長の側近・万見重元
天正六年(1578年)12月8日、戦国時代、織田信長の小姓から側近となって活躍した万見重元が、有岡城の攻防戦で討死しました。
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小幡織田氏の出身とも、神子田(みこだ)長門守の息子とも伝えられる万見重元(まんみしげもと)は、あの織田信長のもとで、小姓から側近へとなった人物・・・
今で言えば、内閣官房長官に相当するような重要な役どころをこなしていた武将ですが、その記録は、亡くなる前の3年間ほどしかなく、その中でも、ほとんどが、この亡くなる年の物で、それ以前の彼については、未だ謎多き人です。
ただ、それらの記録によれは、最後まで、幼名の仙千代(せんちよ)という通称を名乗っている事から、おそらくは、年齢的には、かなり若い人物ではないかと・・・
それゆえか、ほとんどの仕事が、いわゆる事務方の仕事内容です。
矢銭(軍事税)の徴収に関する指示を出したり、信長のもとに来訪した使者のおもてなし役をやったり、信長が大好きな相撲大会のダンドリを組んだり・・・
さらに、これから攻めるべき城の検使を行いつつ、その事前準備として砦の構築を指示したりという合戦に関する仕事も行っています。
後々の歴史を見てみると、あの石田三成を思い浮かべてしまうので、ひょっとしたら、合戦の最前線で活躍する武闘派の武将から見れば、少々煙たい存在だったのかも知れませんが、それだけ、若いながらも知略に優れていた人物と言えるかも知れません。
他にも、重元が畿内の諸将に送った手紙には
「上様(信長の事)の御気色(おけしき)伺い、披露いたすべく候(そうろう)」
との文章も見え、信長の機嫌を見ながら、うまく立ち回りつつ、畿内の諸将との様々な取り継ぎを行っていた事がうかがえます。
そんな重元に運命の指示が下ります。
ご存じ、天正六年(1578年)の10月に、信長に反旗をひるがえした有岡城・城主の荒木村重(12月16日参照>>)・・・そのページでも書かせていただいたように、村重の謀反を知った信長は、けっこう気長に、何度も籠城をやめるように説得をしています。
この村重への説得役となって、明智光秀とともに有岡城に交渉に向かったのが仙千代こと重元でした。
しかし、村重の気持ちはいっこうに揺らぐ事なく、それどころか、11月には、やはり説得に赴いた黒田官兵衛(孝高・後の如水)を監禁する始末・・・
とは言え、この時点では、交渉に行ったまま帰らない官兵衛の事を「監禁されている」ではなく「村重側に寝返った」と思った(10月16日参照>>)信長は、村重の籠城開始から2ヶ月たった12月、有岡城への総攻撃を決意します。
天正六年(1578年)12月8日、この時、まず命令が下ったのは重元・・・そして堀秀政(ほりひでまさ)と菅屋長頼(すがやながより)らの鉄砲隊による総攻撃でした。
そして・・・鉄砲による攻撃で、文字通り火ぶたを切った城攻めの、次に迎える山場は・・・そう、石垣攻めです。
籠城戦の一般常識として、籠城する側の兵数が少なく、攻める側の数は多い(籠城側の数が多い場合は、籠城する前に撃って出ますから・・・)、この時は、アリが食べ物に群がるように、石垣によじ登って一番乗りを競うというのが鉄則です。
しかし、秀政や長頼は、すでに戦争経験豊富な武将でしたが、本日の題名にある通り、重元の合戦記録は、この日の記録、ただ一つ・・・その若さゆえ、功名にはやったのでしょうか、この石垣にて、敵の逆襲に遭い、重元は討死するのです。
その記録を見る限り、おそらくは、この先も生きていれば、信長の名軍師と称される人物になっていかも知れません。
重元の死から4年後に起きる、あの本能寺の変(6月2日参照>>)・・・歴史にもしもは禁物ですが、
あえて・・・
もし、彼がそばにいたら、あの夜の光秀の動きを察知していたかも知れませんね。
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コメント
軍師官兵衛では万見仙千代としておなじみですね。今回初めて「表舞台」に出たのでは?番組ではもうすぐ出番が終わりますが、後任があの森蘭丸ですね。
投稿: えびすこ | 2014年5月 9日 (金) 10時11分
えびすこさん、こんにちは~
>番組ではもうすぐ…
そうですね。
荒木さんが裏切りはったんで、ぼちぼち出番も終わる頃かと…
投稿: 茶々 | 2014年5月 9日 (金) 17時28分