「生き方が男前」…幕末から昭和を駆けた新島八重
昭和七年(1932年)6月14日、幕末の会津戦争で男装して活躍し、後に同志社の創立者となる新島襄の妻として知られる新島八重が、86歳の生涯を閉じました。
・・・・・・・・・・
奇しくも、2日前=2011年6月12日付けの朝日新聞に、『2013年のNHK大河ドラマは福島が舞台 新島襄の妻が主人公』という記事が掲載されました↓
http://www.asahi.com/culture/update/0611/TKY201106110568.html
(記事は、時間が経つと排除される事があります)
私も、コメント欄で教えていただき「そうなのか~」と思っていたところ、本日は、そのご命日という事で、以前書かせていただいた会津戦争終結の日(9月22日参照>>)のお話とかぶりながらも、新島八重(にいじまやえ)さんをご紹介したいと思います。
・‥…━━━☆
上記の通り、後に新島襄(にいじまじょう)と結婚するので新島八重さんですが、旧姓は山本・・・山本八重(八重子)と言い、会津藩の砲術師範であった山本権八を父に、同じく、砲術・軍学者の山本覚馬(かくま)(5月13日参照>>)を兄に持つ、砲術一家に生まれた女性・・・
父や兄の影響を受けて、幼い頃から砲術に慣れ親しんで来た彼女は、人に砲術を指南できるほどの腕前ではありましたが、年頃になった19歳の時、自宅に寄宿していた藩校・日新館の教授である川﨑尚之助と結婚する事になり、以来、父から鉄砲を持つ事を禁止されていました。
しかし、慶応四年(明治元年・1868年)5月・・・ご存じ、会津戦争の勃発です(5月1日参照>>)。
八重は、いても立ってもいられず、父に隠れて、密かに鉄砲の練習を再開・・・
やがて、9月14日・・・会津若松城への総攻撃が開始された(9月14日参照>>)のを確認した八重は、その2日後、学者肌であった夫=尚之助と離婚し、男装姿に7連発銃をかついで、堂々、入城するのです(8月23日参照>>)。
(追記:正式な離婚の時期は会津戦争終了後との見方もあります)
そして、城内の兵には砲術を指導し、婦女子には弾薬の製造を教えるほか、自ら銃を背負い夜襲をかけるという、それはもう縦横無尽の活躍ぶりを見せます。
しかし、ご存じのように、その奮闘空しく、会津藩は降伏・・・若松城が開城となる前日、煌々と輝く月明かりに照らされた三の丸の白壁に、彼女は、持っていたかんざしで歌を書きとめました。
♪あすよりは 何国(いづこ)の誰が ながむらん
なれし御城に 残す月影 ♪
激戦に次ぐ激戦で、もはやボロボロとなった白壁・・・思い出がいっぱい詰まったこの城が、明日から他人の物となる
何とも、悲しみがこみあげて来る歌です。
開城となった、その日、
「女子供は放免されるが、男は切腹」
との噂が流れると、男装して戦っていた彼女は、「清く立派な最期を迎えたい」と、男の列に交じっていましたが、途中で女だとバレて、放免されてしまいました。
・・・とは言え、以前も書かせていただいたように、朝敵の負け組となった会津藩のその後は、たいへんな苦労の連続だったわけですが・・・
それからしばらく経った明治四年(1871年)、すでに死んだと思ってあきらめていた兄=覚馬が京都にいる事を知った八重は、兄を頼って上京・・・京都府顧問となっていた兄の勧めで、京都女紅場(後の府立第一高女)の事務見習いとして働きます。
この頃に、激戦のさ中に行方不明となっていた前夫=尚之助と再会したという事ですが、お互いに、もう愛情は冷めており、何がどうなるという事もなかったようです。
やがて、その京都女紅場で茶道教室を開いていた女性(第13代・千宗室の母)と仲良くなって茶道をはじめる一方で、キリスト教にも興味を持ち始めた八重・・・
そんな時に知り合ったのが、時々兄のもとへ遊びに来ていた2歳年上の青年・・・「日本に、キリスト教の大学を造りたい」と奔走していた新島襄(にいじまじょう)(1月23日参照>>)でした。
またたく間に恋に落ちた二人・・・いや、どちらかというと、襄の一目ぼれ??
彼は、ある時、「どんなタイプの女性が好き?」と聞かれ、
「夫が東を向けと言ったら、ずっと東を向いているような女性は嫌いです」
と答えたと言います。
お互いの意見を尊重し合い、自分自身の信念を持った女性が好きだった・・・今では、普通ですが、当時の日本では非常に珍しいタイプの女性・・・
しっかりした自分の意見を持ち、男勝りで何事にも動じない八重に、襄は一発でハートを撃ち抜かれたのです。
(さすが、砲術一家・・・一発必中!)
八重は八重で、何かと煙たがられる自分の性格を、むしろ長所と受け止めてくれて、男女平等&レディファーストを心得た襄に心惹かれていったのです。
明治九年(1876年)、京都初のキリスト教の洗礼を受けた八重は、翌日、襄とともにキリスト教の結婚式を挙げ、二人は夫婦となりました。
それこそ、お互いを尊重し合う仲の良い夫婦でしたが、そんな夫婦像を理解してくれる人は、まだまだ少なかったようです。
彼女は、客人の前でも、夫の事を「ジョー」と呼び捨てにし、車に乗る時も、自分がさっさと先に乗る・・・
襄が「こう思うんだけど・・・」と切り出せば、
「それ、違うと思う」とピシャリ!
そんな態度が、周囲から見れば、夫をかしづかせているように見え、ようやく設立に漕ぎつけた同志社の学生たちからも
「悪妻」
「鵺(ぬえ)のような化物」
と、非常に評判が悪かったと言います。
でも、襄は、そんな八重が大好き!
♪めずらしと 誰か見ざらん 世の中の
春にさきだつ 梅の初花 ♪
襄にとっては、時代の最先端を行く八重の生きかたを自分が理解しているのだから、世間の評判など、どうでも良かったのでしょう。
なんせ、「春にさきだつ梅の花」ですから・・・
こうして、二人にしかわからない愛の形をはぐくんで来たオシドリ夫婦でしたが、明治二十三年(1890年)、襄が病に倒れて帰らぬ人となってしまいました。
その後は、若き日に出会った茶の道を極めながらも、日清日露の両戦争で、赤十字社の篤志(とくし)看護婦として尽力した功績により、皇族以外の女性で初めて勲六等を受章しました。
昭和七年(1932年)6月14日、86歳で亡くなるその日まで、自分の生き方を崩さず、常に前向きを貫いた新島八重・・・
生前の襄が、アメリカの友達への手紙に
「she is not handsome at all, but what i know of her is that she is a person who does handsome.」
と記した事があったとか・・・
「彼女は見た目は決して美しくはありませんが、生き方がハンサムなのです」
そして、「自分には、それで充分だ」と・・・、まさに、おっしゃる通りの「男前」・・・
しかし、そんな彼女は、襄が亡くなった後も、その彼の部屋を、ずっと生前のままに残していたのだとか・・・男勝りの影にある秘めたる彼女のやさしさを、愛する人だけが見抜いていたのかも知れません。
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*このブログの八重と会津戦争関連のページ
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- 1月23日:徳川慶喜、恭順を決定>>
- 2月10日:松平容保、会津へ帰還>>
- 4月20日:世良修蔵の暗殺>>
- 5月1日:白河口攻防戦>>
- 5月3日:奥羽越列藩同盟、結成>>
- 5月?日:山本覚馬が建白書提出>>
- 6月15日:東武皇帝が即位?>>
- 7月29日:二本松戦争>>
- 8月21日:母成峠の戦い>>
- 8月22日:十六橋・戸ノ口原の戦い>>
- 8月23日:城下での戦いが始まる>>
:八重が若松城へ入城>>
:白虎隊の悲劇>> - 8月25日:娘子軍の奮戦>>
- 8月29日:長命寺の戦い>>
- 9月8日:飯寺の戦い>>
- 9月14日:会津若松城・総攻撃開始>>
- 9月22日:会津戦争終結>>
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- 八重の桜…第20回「開戦!鳥羽伏見」を見て
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(↑後半に「八重の桜」の最終回の事をチョコッとかいてます)
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コメント
なかなか、自分の奥さんにそう言えませんね、素敵です、襄さん。
投稿: minoru | 2011年6月14日 (火) 14時48分
おおっ、今日がご命日なんですね。
維新の動乱を知る「市井の人」で、大正時代まで存命した人は貴重だと思います。ギリギリ20世紀に「間に合った」福沢諭吉もそうですが、維新後に直接政治に関与しないから長生きできたとも言えます。
昭和初頭に生涯を終えたのですが、その当時の人から見ると「維新前後」は、遠い昔ではないんでしょうね。
再来年の大河ドラマでは、「八重」、「襄」と呼び合う場面があると思います。少し後の時代の白洲次郎・玉子夫妻を連想します。ヒロインを個人予想してますが誰になるかな?
「大河ドラマ50周年記念」を飾る作品となれるか?
12日に朝日で出た大河ドラマ化ですが、まだNHKの正式発表はありません。読売や産経や日経でも、まだ記事がないんでしょうか?記事のご紹介ありがとうございます。o(_ _)oペコッ
「誤報」でなければ、朝日がスクープした事になりますね。
投稿: えびすこ | 2011年6月14日 (火) 17時24分
minoruさん、こんばんは~
大抵は
「友達の前だけでも俺をたてて」
ってやっちゃいそうですね。
投稿: 茶々 | 2011年6月14日 (火) 19時07分
えびすこさん、こんばんは~
ヒストリアでは襄と結婚してからが中心だったので宝生舞さんが、
歴史サスペンス劇場では、男装しての会津戦争が中心だったので、森三中の大島さんがやってましたね。
お二人とも、なかなか良かったです。
特に、明治になってからは写真が残ってるので、宝生さんは、写真の表情に似せようとかなり努力されてました。
会津の男装と襄の嫁…
この二つともが似合う人が、なかなかいなさそうですね。
ヒロイン選びは難しいです。
投稿: 茶々 | 2011年6月14日 (火) 19時13分
外国人の奥さんならわかるけど、今も鬼嫁と言われるそうです。ベストカップルです。
投稿: やぶひび | 2011年6月14日 (火) 20時49分
「何歳までを番組で扱うか?」でしょうね。「86歳で大往生するまでを扱う」となると、「単独」では無理が出ますね。
あるいは「途中で終わる」方針の単独キャストでも、「区切りのいい終わり方」でないと中途半端な印象になります。
先ほど、家族で「誰がいいだろうか?」と話しました。一般的な「イメージ」・「先入観」のない人なので、意外に難しいかも。「朝ドラヒロイン経験者」が軸になりそうな感じがします。
でも今20代の人は可能性が薄いかな?
主人公の立場や扱う時代がそうですが、従来とはコンセプトが違う可能性もありますね。大河ドラマにはあまり縁のない偉人が出るかも。東北や近畿出身の俳優を多く起用するのかな。新島襄は「ハンサム系」の俳優になると思います。
2006年~13年の8年間で、大河ドラマでは女性主人公が4人で2年に1回。ほぼ「飛び飛び」で起用していますね。
投稿: えびすこ | 2011年6月14日 (火) 20時52分
こんばんは。
八重さんと襄さんの間柄に故郷の両親が重なりました。父が「東を向こう」と言ったら、東を向く意義、メリット・デメリットを話し合い、途中で北を向くべきだと思ったら軌道修正を提案するタイプの母です。
ただ、人前でも基本姿勢は変わらないんですが、立てている感じに表現方法は変えてるので、鬼嫁呼ばわりはされてないですね。京の女だからか??
父曰く、「賢くて気が強くてずん丸い女がタイプ」だそうです。
以前の記事でも挙げてくださってますが、会津の女性は男前ですね。単に向こう気が強いのではなく、心が強いというか。豊かな感受性を持ちながらもそれに流されず、組織の中で果たすべき役割を果たそうとする感じがします。城内の女性や傷病者の精神的支柱となった、容保公のお姉様についても、いつか機会があれば書いていただければ幸いです。
投稿: おぺりん | 2011年6月15日 (水) 01時36分
やぶひびさん、こんばんは~
あっ、
「悪妻」
「鵺(ぬえ)のような化物」
の他に、
「鬼嫁」という表現があるのを忘れてましたc(>ω<)ゞ
本当にベストカップルですね
投稿: 茶々 | 2011年6月15日 (水) 02時01分
えびすこさん、こんばんは~
生涯を終えるところまでやるなら、一人の女優さんではしんどいかも知れませんね。
襄さんが、40代で亡くなってしまうので…
投稿: 茶々 | 2011年6月15日 (水) 02時05分
おぺりんさん、こんばんは~
>会津の女性は…
そうですね。
「男前」というか、女性もしっかりとした「武士道精神」を持っているような気がします。
>容保公のお姉様…
いつか機会がありましたら…
投稿: 茶々 | 2011年6月15日 (水) 02時09分
新島八重から乳癌で退職していった八重子を想い出しました。男勝りの負けん気と酒の強さと明るさ。元気で奥さん勤めているかな・・・・・。大河ドラマ楽しみですね。
投稿: 銀次 | 2011年6月15日 (水) 05時13分
銀次さん、こんにちは~
大河ドラマ…
私も楽しみにしています
投稿: 茶々 | 2011年6月15日 (水) 14時45分
歴史に全く興味が無く、私が話し始めると
『聞いてない 誰もそこまで 聞いてない』と
排除する女房が唯一気に入っていて
『あの大島がやった人は面白かった!』って
評価していた鵺!
ここ数年の大河で最も面白くしてもらえるような気がします!
( ● ^ - ^ ● )
投稿: 桃色熊 | 2011年6月15日 (水) 14時49分
桃色熊さん、こんにちは~
そうですか…
奥さまが…
ホントですね。
時代も、少し新しいし、おもしろい大河になりそうです。
投稿: 茶々 | 2011年6月15日 (水) 15時51分
皆さんからすごい反響ですね。w(゚o゚)w
昨日のテレ東系・「なんでも鑑定団」で、「出張鑑定」コーナーが群馬県安中市でありました。安中は新島襄が教会を建てた所なんですね。新島襄は安中藩士の息子ですね。
主役もさる事ながら番組タイトルも気になります。
八重さんから見ると新島襄は「あしたのジョー」ならぬ、「あたしのジョー」ですね(笑)
投稿: えびすこ | 2011年6月15日 (水) 17時11分
えびすこさん、こんばんは~
>「あたしのジョー」
ざぶとん一枚!
ナイスな題名ですが、やっぱ八重さんの名前が入っててほしい気もします。
投稿: 茶々 | 2011年6月15日 (水) 18時53分
制作がようやく決まりました。タイトルは「八重の桜」です。
主演は綾瀬はるかさんです。脚本担当はまだ未定です。
脚本担当よりも主役が先に決まるのは異例です。
いま「NHKオンライン」の速報で見ました。
詳しくは明日の新聞を見てください。
投稿: えびすこ | 2011年6月22日 (水) 17時11分
えびすこさん、こんばんは~
>タイトルは「八重の桜」…主演は綾瀬はるかさん
おぉ、そうですか。
一人でやるのかな???
でも、綾瀬さんは好きなのでウレシイ
投稿: 茶々 | 2011年6月22日 (水) 18時41分
贔屓の女優さんで良かったですね。(*^-^)
単独らしいかな?何歳まで扱うのかわかりませんが、50歳以降を無理のないようにできれば。今までの大河ドラマの女性主人公にはいない、「庶民に近い女性」を主人公にするので、荒唐無稽に感じる部分はないと思います。実像自体が既に荒唐無稽と思われる人なので。比較的最近の人だから血縁に当たる人に取材するのかな。
綾瀬さんは「候補の1人」に挙げていました。( ̄ー ̄)ニヤリ
脚本担当も決まりました。
「庶民に近い」と書きましたが、八重さんは「お姫様身分」の篤姫や江さんとは違う分野の人です。明治になると市井の人になりますね。時代は違いますが(生い立ちで見れば)北政所やまつさん、千代さんに近い感性の人かな?
春日局は彼女らの「中間」かな。
投稿: えびすこ | 2011年6月22日 (水) 21時05分
えびすこさん、こんばんは~
もう、すっかりネットで話題になってるようですね。
楽しみです。
投稿: 茶々 | 2011年6月22日 (水) 23時36分
八重って悲劇的な会津戊辰戦争の中で
獅子奮迅に働いた若き女傑ですよね。
どんなドラマになるか楽しみです。
当方、ホームページで
東北の戊辰戦争を庶民の視点で描く
マンガを連載しています。
是非のぞいてみてください。http://ampiyampi.web.fc2.com/index.htm
投稿: あべ | 2012年3月21日 (水) 18時10分
あべさん、こんばんは~
仙台四郎さんのお話だったんですね。
おもしろいです~(*^-^)
投稿: 茶々 | 2012年3月21日 (水) 21時35分