幕末の外国人商人・グラバーの置き土産
安政六年(1859年)8月23日、トーマス・グラバーが、開港後まもない長崎に赴任しました。
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長崎の観光名所・グラバー邸にその名を残すトーマス・グラバーは、1838年(天保九年)にスコットランドの小さな漁村に、8人兄弟の5番目として生まれます。
当時、中国の上海(シャンハイ)にて商売を成功させていた父にならって、商売での野望を抱いた彼は、20歳で上海に渡り、ジャーディン・マセソン商会に入社します。
そして翌・安政六年(1859年)8月23日、弟のアレキサンダーとともに、開港まもない長崎にやって来たのです。
2年後の文久元年(1861年)、そのマセソン商会の長崎代理店としてグラバー商会を設立・・・最初こそ、仲介役として、長崎の出島を拠点に、輸出業や外国人相手の不動産屋をやったりしていましたが、やがては、父譲りの才能を発揮して、独自の人脈を築いていきます。
しかも、時は、まさに幕末の混乱・・・英国海軍との強力なパイプによって上海で成功を納めた父の事を目の当たりにしていた彼は、この日本の混乱に目をつけ、武器のの販売に手を広げます。
今で言うところの「死の商人」ですが、このビッグチャンスに、そんな事言ってられません。
しかも、彼は外国人で特定の政治的な考えもありませんから、幕府をお得意様としながらも、尊王攘夷派の志士たちも支援する・・・あの伊藤博文(当時は俊輔)の留学費用を出してやったり、邸宅に隠し部屋を作って幕府から追われている志士をかくまったり・・・
そんな中で、薩摩の御用商人となったグラバーは、薩摩藩の家老・小松帯刀(たてわき)の紹介で、あの坂本龍馬にも出会っています。
慶応元年(1865年)には、龍馬の亀山社中とグラバー商会の間で、総額9万2400両(約21億円)の洋式銃の取引を行い、これが長州藩へと流れたおかげで、あの第2次長州征伐での幕府との戦い方の差(6月16日参照>>)を産み、さらに後の鳥羽伏見の戦い(1月3日参照>>)をも左右した事は、度々、小説やドラマにも登場しますね。
そんなこんなして儲けたお金で、グラバーは、大浦海岸で日本初の蒸気機関車を走らせてみたり、大規模な製茶工場を建ててみたり、小菅に船工場を作ったり、高島炭鉱を開発したりと、様々な事業を手掛けました。
ところが、残念ながら、かの鳥羽伏見から戊辰戦争の頃が彼のピーク!・・・維新が成って安定した社会が築かれ始めるとグラバー商会は一気に傾きます。
確かに、グラバーには先見の明がありました。
「この先、平和な時代が訪れると武器は売れなくなる」
だから
「別の産業に先行投資しよう」
そう思って彼が起こした事業は、どれもこれも的外れではなく、むしろ将来の日本を担う有望な市場であったわけで、その目のつけどころは間違っていなかったのです。
ただ、明治維新という変革のスピードが、グラバーの予想以上に早かったのです。
武器が売れなくなった一方で、諸藩からの商品代金回収はなかなか進まず、あげくの果てに新政府の三条実美(さねとみ)からは、見事、借金を踏み倒され・・・
明治三年(1870年)、ついにグラバー商会は倒産してしまいました。
彼が先行投資した様々な事業が花開くのは、それからしばらく経ってからの事・・・
倒産後も日本に留まっていたグラバーは、最終的に、あの岩崎弥太郎の物となった高島炭鉱の顧問となって経営に当たりますが、これが、三菱財閥の躍進の大きな原動力となるのは、皆さまご存じの通り・・・
先の小菅の船工場も、やがて三菱造船所の母体となり、花開きます。
さらに、炭鉱顧問時代に、横浜にあったビール工場の経営不振の立て直しにも尽力したりしてますが、この会社は、現在のキリンピールであります。
晩年は東京で暮らしながら、外国人であるにも関わらず勲二等旭日重光章という勲章まで授与されているのですから、幕末に大儲けした財産はなくなってしまったものの、彼が日本に残した業績は大したものですね。
その中でも、「追われる志士をかくまう」・・・ひょっとしたら、これが、その先の日本にとっての一番の先行投資だったかも知れませんね。
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コメント
「キリンビールのラベルの麒麟は龍と馬を合体(つまり坂本龍馬を意味する?)させた物だ」と言うウワサがありますが、ラベルを書いた人にはどんな意図があったんでしょうか?
グラバー商会は外資系企業のさきがけと言えますね。
投稿: えびすこ | 2011年8月23日 (火) 15時34分
えびすこさん、こんばんは~
>麒麟のラベルが坂本龍馬を意味する?
最近、都市伝説のように言われてますね~
なんで、そんな噂がでるんでしょう?
麒麟は、もともと古代の中国で鳳凰や龍なんかと並んで霊獣とされた想像上の生物…その姿は、「龍の頭に鹿の胴、牛のしっぽに馬のヒズメを持つ」となってますから、ラベルの麒麟は、その伝説まんまの麒麟の王道的な絵柄なわけで、特に変わった麒麟が描かれているわけではないのに、そんな噂が出るのは不思議です。
西本願寺の唐門(伏見城の遺構)や北野天満宮にも、ラベルそっくりの王道を行く麒麟がいますが、ラベルが龍馬を暗示してるなら、唐門や天満宮も暗示してる事になっちゃいますね~
ちなみに、大宰府天満宮にも麒麟像があって、その像をグラバーが大変気にっていて、「売ってほしい」って何度も交渉してたらしいので、ひょっとしたら、太宰府天満宮の麒麟がモデルかも知れませんね。
投稿: 茶々 | 2011年8月23日 (火) 18時41分
丁度今キリンビールを飲んでいるので、ラベルをしげしげと見てしまいました・・・
グラバー邸を見たことありますが、グラバーさんは東京で晩年を送ったんですか。ご家庭はどうだったんでしょう。奥さんは日本人ですか?
投稿: Hiromin | 2011年8月23日 (火) 20時03分
キリンビールのラベルには、「キリン」の三文字が隠れているそうです。
よく父といっしょに探してみたりします。
投稿: Ikuya | 2011年8月23日 (火) 20時19分
Hirominさん、こんばんは~
ツルさんという日本人の奥さんとの間に一女一男をもうけたそうです。
息子さんは、イギリス人とのハーフという事で、第2次世界大戦の時にスパイの疑いをかけられ自殺するという不幸な結果となったようですが、娘さんのご子孫は、今も健在だそうです。
(どこにおられるかまでは知りませんo(_ _)ゴメンナサイ)
投稿: 茶々 | 2011年8月24日 (水) 02時05分
Ikuyaさん、こんばんは~
>ラベルには、「キリン」の三文字が…
これは都市伝説ではなく、本当にあるようですね。
私は飲めないので、探した事はないのですが…
投稿: 茶々 | 2011年8月24日 (水) 02時07分
グラバーの娘さんの婚家のベネット家が、現在はグラバー家の血縁になります。
グラバーの妻のツルさんは、オペラ「蝶々夫人」のモデルとも言われます(他説もあり)。息子の富三郎の妻もハーフです。
投稿: えびすこ | 2011年8月24日 (水) 08時17分
えびすこさん、こんにちは~
そうですね、蝶々夫人のモデル説もありますね。
投稿: 茶々 | 2011年8月24日 (水) 11時45分