源氏物語を書いて地獄に堕ちた?~紫式部
関東も梅雨明けを迎え、いよいよ夏本番!という事で、本日は、ちょっと怖~いお話を・・・
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世界最古級の長編小説とも言われる『源氏物語』を書いたとされる紫式部(むらさきしきぶ)・・・
もはや説明する必要も無い超有名な歴史人物ですが、一方では、生没年や本名など、細かい部分がよくわからない人でもあります。
なんせ、平安時代くらいまでは、「男性に顔を見られる事は恥」だったり、「プロポーズの返事(OKの場合)が本名を教える事」だったりするような時代ですから、女性には謎の部分が多いのです。
とにもかくにも、寛弘二年(1005年)頃から、第56代=一条天皇の中宮である彰子(しょうし=藤原道長の長女で後の上東門院)に家庭教師として仕えた事は間違いないでしょうが、冒頭に書いた通り、「源氏物語の作者」というのも、「だとされる」という雰囲気で、「作者は男だった」とか「作者は複数いた」とか、諸説あるんです。
とは言え、父の藤原為時(ふじわらのためとき)や弟の惟規(のぶのり)が式部丞(しきぶのしょう=現在の文部科学省のような行政機関)の役人であった事から、勤務先の宮中にて、最初は藤式部(とうのしきぶ)と呼ばれていたのが、あの『源氏物語』の中で主人公の光源氏(ひかるげんじ)が、自らの理想の女性に育て上げようとするヒロイン=紫の上(むらさきのうえ)にちなんで、いつしか紫式部と呼ばれるようになったというのが一般的な説です。
彰子(左)に『白氏文集』を説く紫式部(右)『紫式部日記絵詞』
で、その紫式部に・・・実は、「その死後に地獄に堕ちた」という伝説があるのです。
鎌倉時代の説話集『今物語(いまものがたり)』によれば・・・
・‥…━━━☆
ある人が不思議な夢を見ます。
枕元に、輪郭もよくわからない、ぼんやりとした影のような物が見えたので、
「誰?」
と声をかけてみると、
「私は、紫式部です。
私は、生前、嘘の作り話ばっかり沢山書いて、人を惑わせてしもたために、今は地獄に落ちて責められ、毎日苦しい思いをしていて、もう耐えられませんねん。
どうか『源氏物語』の巻の名前を詠み込みつつ、南無阿弥陀仏とか、お経を唱えるような歌を一巻ずつ詠んで供養して、この苦しみを和らげてくれはりませんか?」
「めちゃムズっ!(@Д@;」
と思ったその人は、
「たとえば、どんな風に詠んだらえぇんでしょうか?」
と尋ねます。
すると・・・
♪きりつぼに 迷はん闇も 晴るばかり
なもあみだ仏と 常にいはなん ♪
「桐壺の巻を書いたために入ってしまった迷宮の闇が晴れるように、いつも南無阿弥陀仏と唱えて欲しいワ」
と言い終わるや否や、その影は消えてしまった・・・と、
・‥…━━━☆
源氏物語は五十四帖・・・こんな感じの歌を「54首も作れ」って、かなりの無理難題な気もしますが・・・
とは言え、この「紫式部地獄落ち説」は、けっこう早いうちから囁かれていたようで、平安末期の平康頼(たいらのやすより)による説話集=『宝物集(ほうぶつしゅう)』にも、
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なんや最近、
「嘘八百な源氏物語を作った罪で地獄に落ちて苦しんでるさかい、一刻も早く物語を破り捨てて一日経(いちにちきょう=集中して1日で写経を完成させる事)をやって菩提を弔って欲しい」
と、どこぞの人の夢に紫式部が出て来たよって、歌人たちが集まって、皆で写経して供養したてニュース聞いたわ。
:;;;:+*+:;;;:+*+
と、コチラは実際に供養した事が、巷の噂になっていた事が書かれています。
確かに・・・
言われて見れば、源氏物語って、かなりな内容ですからね~
ドロドロ不倫しまくりで、愛すればこその情念は、ともすれな怨念に変わる・・・1夜限りの関係の女性が「捨てられた」と嘆き悲しんだり、通われなくなった女性が生霊となって現在の恋人を呪ったり・・・
男と女の恨みつらみの愛憎劇を何もないところから作りあげる行為は、言いかえれば大いなる嘘つき・・・
今生きる私たちでこそ、生まれた時から創作童話や小説やドラマなど、フィクションの物語にドップリ浸かってますから、そこに違和感を覚える事もありませんが、書く物と言えば、日記や報告など・・・その出来事を記録するために「物を書く」のが常識だった時代に、フィクションを、それも、怨霊出まくりの奇怪な物語を書けば、そんな風に思われてしまうのも仕方ない事なのかも知れません。
なんせ、「言霊(ことだま)」とか「呪詛(じゅそ)」とか、真夜中の「百鬼夜行(ひゃっきやぎょう)」なんかが信じられていた時代ですから・・・
しかし、一方で擁護派もいます。
平安末期頃に成立したとされる『今鏡(いまかがみ)』は、「紫式部に仕えた侍女」を語り手として話を進めて行く形式の歴史物語ですが、その中で、その老婆に
「源氏物語を、妄語や虚言とかいうのは違うと思います。
虚言とは、自分を良く見せるために起こってもいない事を起こったように話して、他人を騙すような行為ですが、この物語は人を楽しませ、満足させ、明るい良い方向へ導く物語なんです。
こんなすばらしい物語を書いた紫式部は妙音観音(みょうおんかんのん)の化身なんやないか?と思うくらいです」
と言わせています。
いつしか、そのような考え方が、紫式部を供養する会=『源氏供養(げんじくよう)』という文化を生み出します。
鎌倉時代の初め頃から、あちこちで行われた『源氏供養』は、やがて『源氏供養』を題材とした新しい物語が作られるように・・・まさに、源氏物語スピンオフ!
有名な能楽作品の『源氏供養』では、供養の後のクライマックスで、紫式部が観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の化身であった事が明かされてラストを迎えるのだとか・・・
なんだか、ホッとしますね。
果たして紫式部は、
地獄に堕ちた大嘘つきか?
はたまた、
傑作を生み出した観音様か?
その答えは・・・
1000年以上に渡って読み継がれ、21世紀の現代に至っても、何度も映画やドラマの原作になる・・・そんな物語が他にあるでしょうか?
それこそが答えですね。
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