酒乱の藤原兼房…宴会で大失敗の巻
寛仁二年(1018年)4月1日、藤原兼房が酒の席で藤原定頼相手に大暴れしました。
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藤原兼房(かねふさ)は、先日書かせていただいた、あの「下女襲撃事件」を起こした藤原兼隆(ふじわらのかねたか)(1月28日参照>>)の息子です。
そのページにもチョコッと書かせていただきましたが、この息子=兼房も父に負けず劣らずの・・・いや、なんなら、この息子の方が、かなりの暴れん坊だったのです。
それは寛仁二年(1018年)4月1日の夜の事・・・
当時、近衛少将(このえしょうしょう=御所の警備担当)だった兼房は、10代後半~20歳前半の若者たちが集まる宴会に参加します。
兼房自身も当時は18歳・・・と言っても、現代の若者たちとは違って、10代半ばで結婚して子供をもうけるような時代ですから、こんくらいの年齢なら、おそらくは酸いも甘いもかみ分けた立派な大人だったのでしょうけど。。。
もちろん、平安時代には貴族が集うような居酒屋的な物もありませんから、場所も宮中・・・その宮中の一室に集まって酒を酌み交わしていたわけです。
おそらくが、若い物ばかりで和気あいあいと楽しく飲んでいたのでしょうが、そんな中で突如として事件は起こります。
酔いが回り始めた藤原兼房が、同席している藤原定頼(さだより)の悪口を言い始めたのです。
それは、この出来事を日記に書いた藤原実資(さねすけ)が、
「敢(あ)えて云(い)うべからず…」
と、口にするのも避けるほどの悪口・・・いや、目の前にいる人に対して口汚く罵倒する感じですから、もう悪口を通り越してケンカ売ってる感じの言い方・・・
しかも、自分で言ってるうちにどんどんテンションが高くなり、定頼に近づいて来て、彼の前に置かれていた酒の肴を足で蹴散らしたのです。
もう、完全にちゃぶ台ひっくり返し状態です。
とは言え、相手の定頼は冷静でした。
「こんなヤツ、相手してられへん」
とばかりに、何も言わず、さっさと、その場を立ち去ろうとします。
しかし、テンション最高潮の兼房は、まだまだ止めず・・・止めようとする同僚を振りほどいて、定頼の被ってる物=つまり冠をはぎ取ろうとしたのです。
この時代、貴族が大勢の目の前で髻(もとどり=頭上で髪を束ねてる部分)を晒す事は、非常に恥ずかしい事・・・まして、それが「冠を他人に奪われて、そうなった」てな事になると、とんでもなく不名誉な事なわけで・・・
それでも定頼は、ヘタに抵抗せず、ただただ兼房から逃げまくって、スキを見て自分の控室へと逃走して部屋に籠り、とにかく大ごとにならないようやり過ごす事に・・・
それこそ、大ごとになれば、怒られるのは兼房の方なのですから、むしろ、定頼は大人な対応をしてくれていたわけですが、残念ながら兼房の方は、それを察して大人しくしてくれるような人では無かった。。。
なんと、定頼が逃げ込んだ控室に向かって石を投げ始めるのです。
それも一つや二つではなく、雨あられの如く・・・
それでも、定頼は、控室から出る事無く、ただただ、その場をやり過ごしておりました。
いくら石を投げても、いっこうに定頼が出て来ない事で、さすがの兼房も諦めたのか?、しばらくして控室の前を立ち去りますが、今度は、天皇の寝所に近い殿上の間(でんじょうのま)へと向かい、そこで、またまた定頼の悪口を大声で喚き散らしたのです。
この様子は、まるで「狂者の如し」だったようで・・・ま、結局は、酒乱ってヤツですね。
…にしても、実資さんも、せっかく日記に書くなら
「敢えて云うべからず…」とか言わないで、ちゃんと、どんな内容だったのか、書いといてほしいわぁ。。
その悪口の内容がわからないんじゃ、せっかくのオモシロさが半減ですよ~
とは言え、ここまで大暴れしちゃったら、せっかくの定頼さんの大人な対応も台無し・・・
案の定、翌日、当時の最高権力者=藤原道長(ふじわらのみちなが)に父の藤原兼隆が呼び出され、即刻、息子=兼房への謹慎処分が言い渡されたのです。
(親呼ぶんや~高校生か!)
さらに、この5年後の治安三年(1023年)にも、宮中にて暴力事件を起こした兼房は、とうとう御所から追放され、丹後守(たんごのかみ=京都府北部)や備中守(びっちゅうのかみ=岡山県西部)などといった地方官ばかりを歴任する事に・・・
途中、その血筋の良さ?で(父ちゃんは正二位の中納言なので)、なんとか正四位下に叙せられていますが、結局、それ以上の出世は叶わず・・・公卿(くぎょう=御所に仕える上&中級の臣下)になる事すらできないまま、延久元年(1069年)6月4日に69年の生涯を終えています。
ただ、歌は上手かったようで、いくつかの歌集にその名が見えます。
今だと、スナックでカラオケに興じながら、度々、飲み過ぎて失敗するオッチャンみたいな感じなんでしょうか?
♪古里は まだ遠けれど 紅葉ばの
色に心の とまりぬるかな ♪
「故郷はまだまだ遠いのに、道中の紅葉の美しさに目が奪われて、いっこうに足が進めへんわ」
~って、飲んでさえいなかったら、こんな風流な人やのに・・・残念!!
遠目で見てると笑えるけど、近くで関わりたくはないですね~やっぱりww
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