武士による武士のための~北条泰時の御成敗式目
貞永元年(1232年)8月10日、時の執権・北条泰時が『御成敗式目』を制定しました。
・・・・・・・・・・
伊豆に流罪となっていた源頼朝(みなもとのよりとも)が、嫁=北条政子(ほうじょうまさこ)の実家を筆頭にした関東の武士たちをまとめて、平家を滅ぼして開いた初の武家政権=鎌倉幕府。。。
しかし、その頼朝が亡くなって(12月27日参照>>)後、2代目将軍となった源頼家(よりいえ=頼朝&政子の長男)は、その若さ故、少々おぼつかない所もあり、幕府創建に尽力した13人が将軍を補佐する合議制(4月12日参照>>)を採用し、幕府を運営する事になりますが、
(合議制の13人は…足立遠元・安達盛長・大江広元・梶原景時・中原親能・二階堂行政・八田知家・比企能員・北条時政・北条義時・三浦義澄・三善康信・和田義盛 =茶色は幕府御家人・緑色は公家出身の文官、取り消し線は実朝暗殺までに死去または失脚した人)
蓋を開ければ、疑心暗鬼の御家人同士の足の引っ張り合いや後継争いに終始し、そのドサクサで頼家も暗殺され(7月18日参照>>)、気がつけば、残っているのは父の後を継いで幕府執権(しっけん=政務の長)となっていた北条義時(よしとき=政子の弟)と京より下った文官2人のみ・・・
しかも、そんな中で、建保七年(承久元年・1219年)、第3代将軍に就任した源実朝(さねとも=頼朝&政子の次男)が暗殺され(1月27日参照>>)、その後継者に摂関家から、わずか2歳の若君を鎌倉に迎える事となったため(3月9日参照>>)、このゴタゴタを朝廷復権のチャンスと見た(7月13日参照>>)治天の君(ちてんのきみ=皇室の当主として政務の実権を握った天皇または上皇)である後鳥羽上皇(ごとばじょうこう=第82代天皇)が、諸国の武士に向け、北条義時追討の命を発したのです。
これが承久の乱(5月15日参照>>)ですが、残念ながら後鳥羽上皇側の敗戦・・・後鳥羽上皇の思惑とは逆に、これまで西の朝廷と東の幕府と、事実上二頭政治のようになっていた形を、幕府一つに絞れたばかりか、より幕府御家人の結束も固まり、鎌倉幕府を盤石な物にしてしまったのです(6月23日参照>>)。
(個々の出来事については【鎌倉時代の年表】>>からご覧ください)
やがて、その2年後に北条義時が亡くなり(6月13日参照>>)、
その翌年には北条政子が亡くなり(7月11日参照>>)、
その間、おおむね平和な日々が続く中、父=義時の後を継いで幕府執権となった北条泰時(やすとき=義時の長男)は、
これまで、武士としての実践的な道理や、経験&先例に基づいて、言わば、その場その場で臨機応変に行われていた裁判を、武士政権としての法令=式目を制定して、様々なモメ事を、ちゃんとした法令で解決できるようにと考えます。
かくして貞永元年(1232年)8月10日、北条泰時は、一族の長老=北条時房(ときふさ=政子&義時の末弟)や評定衆(ひょうじょうしゅう=幕府の政務機関に携わる人)らを交えて協議し、御成敗式目(ごせいばいしきもく)を制定したのです。
泰時は、六波羅探題(ろくはらたんだい=京都に設けた幕府の出先機関)として京都にいる北条重時(しげとき=泰時の弟・義時の三男)に宛てた手紙の中で、
「ちゃんと、あらかじめ定めてないと、良いか悪いかより強いか弱いかで判決が決まったり、先例を知らんふりして訴訟を起こす者もおるやろ。地位の高い低いに関わらず、どちらかを贔屓したりする事無く裁可できるように、くわしく記述して残す事にしたんです。
こうしてキッチリ決めとけば、字の読めない人でも、個人の判断で判決が変化するような事は無いでしょう。
京都の人で、反対意見のある人にも、この趣旨を伝えといてください」
と言うてます。
先日(7月24日)に放送された「鎌倉殿の13人」でも、誰かと誰かが土地の取り合いでモメて、それを解決するのに、
「コイツは知り合い」
「でも、コイツは親戚」
「政治に私情を挟むな!」
「よしみがある言うて肩持つな!」
てな感じで評議でモメてはりましたが、まさしく、あのシーンは、この御成敗式目誕生への伏線だと思いました。(個人の感想です)
…で、その内容は・・・
51条もあるので、端的に、わかりやすさ優先でご紹介させていただきます。
- 神社を大切にして盛大に祭をやろう
- 坊さんはマジメに毎日お勤めしてね
- 守護の仕事は朝廷の警固と犯罪の取り締まり
- 重要な犯罪はしっかり調べて幕府に報告する事
- 地頭は年貢を荘園所有者にちゃんと渡す事(中抜き禁止)
- 朝廷の荘園や社寺が起こす裁判に幕府は関与せず
- 頼朝&政子さんから貰た領地の権利は保証するよ
- 頼朝さんが決めた御家人の土地は返さんでえぇよ
- 謀反は重罪やから処罰はその都度調べて決める
- 殺人は死刑か流罪で財産没収
- 謀反・殺人・山賊・海賊・夜討ち・強盗などは重罪なんで、夫の罪であっても妻の財産没収
- 悪口禁止。特に醜い誹謗中傷は流罪か入牢
- 暴力禁止。御家人は領地没収、御家人以外は入牢
- 代官の罪は事前に報告すれば任命者は無罪
- 偽造文書作ったら所領没収か流罪
- 承久の乱で没収された領地は後に無実が証明されれば返還する
- 御家人が父子で別れて戦った場合、それが父でも子でも幕府側についた者に恩賞を与え、朝廷側についた者を罰する
- 親から貰た土地の権利は男女平等
- 主人に忠実で財産や土地を与えられた家来が、主人の死後に豹変して遺族とモメた時は、家来が得た物を没収して遺族に渡す
- 財産の譲り状を与えた子供が先に亡くなった時は、親が自由に相続人を決めて良いよ
- 離婚原因が妻にある場合、妻は夫から財産もらえないけど、離婚原因が夫にある場合は財産は妻の物
- 後妻やその子供に追い出された前妻の子にも相続権あり
- 夫を亡くした妻が養子を得た場合、その子は実子同等に相続できる
- 夫を亡くした妻がソッコー再婚した時は亡き夫の財産相続する権利なし
- 御家人の婿になった公家は武士として生きてよね
- 御家人が一旦子供に与えた所領でも、気持ち変われば変更できる
- 御家人が相続決める前に死亡した場合は能力に応じて妻子に財産を分配する
- 嘘の訴訟を起こした者は領地没収か流罪
- 裁判の途中で裁判官変えるの禁止
- 被告が知り合いやからって忖度すんの禁止
- 裁判の不服申し立ては領地の3分の一を没収
- 地頭が盗賊や悪人を領地に匿うの禁止
- 強盗と放火は死刑
- 人妻と不倫した御家人は所領の半分没収か流罪
- 被告が裁判所からの呼び出しを3回無視したら原告だけで裁判するからな
- 自分に有利な境界線を主張して領地広げるの禁止
- 上皇や法皇や女院の荘園奪うの禁止
- 地頭が開発独立した者の土地を奪うの禁止
- 朝廷からの官位は幕府を介して決まる
- 坊さんも勝手に官位を貰うの禁止な
- 人身売買禁止。10年以上使われてない奴隷は自由になれる
- 逃亡した農民の妻子を拘束して財産奪うの禁止
- 他人の領地や年貢を奪った者は所領没収か流罪
- 裁判中は当事者以外は発言禁止
- 裁判の判決が出る前に免職するの禁止
- 国司交代の時は前任者に迷惑かけない事
- 実効支配してない土地を勝手に寄進するの禁止
- 御家人は先祖代々の土地は売ってええけど、恩賞で貰た土地は売ったらダメ
- 双方の書類が完璧な時は出廷なしの書類のみで判決下す
- 暴力事件の現場でどちらかに加勢するの禁止。現場検証のみOK
- 威力で以って犯人に自白迫るの禁止
と、まぁ、こんな感じですが、思てた以上に具体的。
この御成敗式目は、
まさに、武士による武士のための武士のルールですが、武士に限らず、朝廷や公家にも優れた法令として重宝され、その都度、必要に応じて追加や修正が成されたと言い、
この後の室町幕府(「建武式目」参照>>)や戦国時代の分国法(「塵芥集」参照>>)にも影響を与え、江戸時代になっても「武家諸法度」、そして手習いの手本として重用されているところを見れば、やはり大した物です。
ちなみに、泰時さんの手紙にもありましたが、この時代の鎌倉武士のほとんどが、漢字を読めなかったらしいですが、この式目を理解していれば大丈夫でしょう。
●泰時の志向に影響を与えたと思しき明恵(みょうえ)上人については1月19日のページで>>
.
「 鎌倉時代」カテゴリの記事
- 四条天皇の崩御~後継者を巡る京洛政変(2025.01.09)
- 息子のために母ちゃん頑張る~阿仏尼と十六夜日記(2023.04.08)
- 「平家にあらずんば人にあらず」と言った人…清盛の義弟~平時忠(2023.02.24)
- 武士による武士のための~北条泰時の御成敗式目(2022.08.10)
- 承久の乱へ~後鳥羽上皇をその気にさせた?源頼茂事件(2022.07.13)
コメント
御成敗式目分かりやすかったです!
有難う御座いますm(_ _)m
今日8月10日は“ハートの日”らしいですが、まさに泰時の心、思いを感じ取れます。
史記の作者司馬遷も、高祖本紀の巻末で秦が「文に文を重ねる苛法」を誤ってるではないかと憤り、漢の劉邦が法三章のように簡易化して人々が休んじて生業に励めるようにしたことを評価しています。
現代も挙げればキリがないですが、細かく複雑でハートのない苛法ばかり。
大河が坂口健太郎を泰時役で発表した時は某ドラマの冷たい金髪役(吉高主演)を思い出して何で?と思いましたが、実は温かみのある役もバッチリできる人と分かり、今は泰時で坂口を超える人はいないとすら思ってます。
追記…全成で新納を超える人もいません。
投稿: 通りすがり | 2022年8月10日 (水) 02時15分
通りすがりさん、コメントありがとうございます。
坂口泰時さんの成長が楽しみですね。
>全成で新納を…
あの最期、良かったですね~
私的にも忘れられないシーンとなりました。
投稿: 茶々 | 2022年8月10日 (水) 02時58分
三谷さんは番組の今後の展開について、「最終盤になると泰時がメインのような感じになる」と言っていました。最終回で「御成敗式目」を公布するかも。
「鎌倉殿の13人」では、もう少し後の回で時政が「執権」となる訳ですが、頼朝存命中にできた役職ではなかったのですね。
なお今年の大河ドラマはキャストの男性陣に高身長の人が多い(特に北条氏サイド)のですが、あまりこれに気が付いている人がいません。
投稿: えびすこ | 2022年8月11日 (木) 11時11分
追記
坂口健太郎くんは昨年の朝ドラで「菅波医師」役で人気を博しています。
今放送しているフジテレビ系のドラマにも出ていますね。
今後時代劇でも常連になるといいですね。
投稿: えびすこ | 2022年8月11日 (木) 11時18分
えびすこさん、こんばんは~
後半は坂口泰時の活躍に期待ですね。
投稿: 茶々 | 2022年8月12日 (金) 04時13分
茶々様
こんばんは
そうなんですね
お爺ちゃんとお父さんが無茶苦茶なデタラメな事をやっていたから、自分はちゃんとした法律を作らなければならないと思ったのですね。
Eテレの高校日本史で、
御成敗式目には、
悪口の禁止、不倫の禁止とがあると言っていて可笑しかったのですが、本当にあるんですね。嫁以外に女が沢山いるのは普通の事やと思ってました。
義時の今度の嫁は地雷っぽいですね。
投稿: 浅井お市 | 2022年9月 5日 (月) 21時28分
浅井お市さん、こんばんは~
>嫁以外に女が沢山いるのは普通…
たぶん、フリーの女性はOKやけど、人妻はアカン!って事やと思います。
何週か前の回で、2代将軍の頼家クンが安達景盛の嫁さんを奪おうとして、拒否した安達父子に死罪を命じるシーン(義時と政子の仲介で実行されず)がありましたが、アレも御成敗式目への伏線なんじゃないか?と思ってます。
義時嫁は…
後に一波乱起こす人なのでねwww
義時の最期がどのようになるのか?
楽しみです。
投稿: 茶々 | 2022年9月 6日 (火) 05時24分