険悪ムードな藤原道長と三条天皇
寛弘八年(1011年)4月10日、道路工事をしていた藤原道長の従者が、居貞親王の従者から暴行を受けたうえ連れ去られました。
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父の藤原兼家(ふじわらのかねいえ)の死後、摂関を継いだ兄たち=藤原道隆(みちたか)&藤原道兼(みちかね=兼家の三男)らが相次いで亡くなった事で起こった道隆の嫡男=藤原伊周(これちか)&隆家(たかいえ)兄弟との政争に打ち勝って政権を掌握し(7月24日参照>>)、
長保元年(999年)には長女の彰子(あきこ・しょうし)を第66代一条天皇(いちじょうてんのう=円融天皇と道長の姉・詮子の皇子)の中宮(ちゅうぐう=皇后並み)にして(11月1日参照>>)、
未だ摂政(せっしょう=幼帝の補佐役)にも関白(かんぱく=天皇の補佐役)にも就かないものの、事実上の太政官(だじょうかん=最高行政機関)首席へと手をかける藤原道長(ふじわらのみちなが)。
そんなこんなの寛弘八年(1011年)4月10日、事件は起こります。
当時、一条天皇の仮の内裏(だいり=天皇の住まい)となっていた一条院(いちじょういん=京都府京都市上京区 )の前で、たまたま道路工事を行っていた藤原道長の従者の1人に対し、皇太子(こうたいし=天皇の後継)の居貞親王(いやさだしんのう・おきさだしんのう )の従者が、いきなりの殴る蹴るの暴行・・・
しかも、そのまま皇太子宅へ連行して行ったのです。
この一報を聞いた道長が、即座に従者一人に命じて皇太子宅の様子を探らせたところ、どうやら連れて行かれた従者は縄で縛られ厩(うまや)に監禁されているとの事。。。
早速道長は、居貞親王の執事(しつじ)である藤原懐平(かねひら)のもとに使者を派遣して事の次第を伝え、その意図を問いただそうとします。
ほどなく返って来た懐平の報告によると、
今回、道長の従者を暴行&拉致した居貞親王の従者は、以前、この道長の従者から暴行を受けた事があり、今回は、その報復だと…
つまり、以前ケンカして自分をボコボコにした者が、たまたま公道で工事している姿を見かけて、暴行して連れ帰った…という事らしい。
とは言え、今回のこの従者の一連の行動は、居貞親王もすでに承知で、なんなら
「牢にブチ込んどけ!」
てな命令を出している。。。
そうなると、もう、従者同士の個人的なケンカでは済まなくなって来るわけで・・・これは、いわゆる私刑?
今なら、告訴して裁判して司法が法律で以って刑を確定するわけですが、そんな事はお構いなしで、自分勝手な個人の判断で「牢にブチ込む」という刑を執行しているわけです。
ただ以前から、平安時代の事件の事で、このブログにもチョイチョイ書かせていただいているように、
【能信の牛車暴行事件】参照>>
【藤原兼隆、実資の下女襲撃事件】参照>>
【藤原頼行、藤原能信の従者殺害】参照>>
【大江至孝の強姦未遂&殺人】参照>>
ちゃんとした法律によって平等な裁きが下る・・・なんてのは、あの鎌倉時代の北条泰時(ほうじょうやすとき=3代執権)の御成敗式目(ごせいばいしきもく)(8月10日参照>>)を待たねばならないわけで、(←コレもあくまで御家人中心ではありますが…)
未だ平安時代は貴族の特権で以って、勝手に人を裁いちゃっても、何らお咎め無しの日常茶飯事な世界ですから。
…にしても、
法律的にはお咎め無しとは言え、モメ事となれば、お互いシコリが残る事は確かでしょうから、
自身が皇太子とは言え、もはや朝廷トップの権力者である藤原道長にケンカ売っちゃう居貞親王って・・・誰?何者?
実は、この方・・・この事件の2ヶ月後に即位する事になる第67代三条天皇(さんじょうてんのう)なんです。
とにかく、この三条天皇と道長はソリが合わない。。。
時の天皇である一条天皇は、円融天皇(えんゆうてんのう=64代)と道長の姉=藤原詮子(せんし・あきこ)の子であり、道長の娘婿。
一方の三条天皇(ややこしいのでここから三条天皇呼びします)も、冷泉天皇(れいぜいてんのう=63代:円融天皇の兄)と、道長の姉である藤原超子(ちょうし・とおこ)との間に生まれで、
すでに道長の娘である藤原妍子(けんし・きよこ)を中宮に迎えている道長の娘婿なわけで
条件的には、ほぼ同じなお二人ですが、
一条天皇は未だ6歳の時に天皇に即位して、今回の事件の時点で32歳。
一方の三条天皇は、今年36歳の大の大人で未だ皇太子。。。
もちろん、一条天皇が即位した頃は、まだ道長父の兼家健在の頃ですから、三条天皇と道長が…というよりは、藤原氏自体が何らかの思惑があって年下の一条天皇を優先した?のでしょうが、、、(三条天皇を産んだ超子がすでに亡くなっていたから?)
とにもかくにも、そんな中で、
すでに病を得ていた一条天皇の病状が、この年=寛弘八年(1011年)の5月頃から悪化し始めた事を受けて、
6月13日に譲位され、ようやく三条天皇は即位・・・一条天皇は、その数日後に崩御します(6月13日参照>>)。
そして、この時の皇太子選びが、三条天皇と道長の関係を決定的にするのです。
三条天皇としては、当然、自らの皇子に後を継がせたい。。。
三条天皇には、この時17歳になる敦明親王(あつあきらしんのう)をはじめとする複数の皇太子候補の親王(敦儀親王・敦平親王など)がいましたが、中宮となっている道長の娘=妍子との間には子供は無く(後に禎子内親王が生まれます)、皇子の母親はいずれも別の人。。。
崩御された一条天皇には3人が皇子(男子)がいましたが、第1皇子の敦康親王(あつやすしんのう)の母は、藤原定子(さだこ・ていし)・・・そう、道長の兄の道隆の娘で、道長と政権争いをした藤原伊周の妹です。
今では伊周も定子も亡くなり(8月9日参照>>)、敦康親王の後ろ盾と言えば隆家(3月27日参照>>)のみ・・・
そのうしろには、道長の娘=彰子が産んだ第2皇子の敦成親王(あつひらしんのう)と第3皇子の敦良親王(あつながしんのう)が控えています。
もはや誰の目からも明らかでした。
いや、実際にには一部には第1皇子の敦康親王を推す声もありました。
なんせ、彰子が産んだ第2皇子と第3皇子は、未だ幼いですから・・・
しかし道長のゴリ押しで皇太子は、わずか2歳の敦成親王に決定してしまいます。
そうなると、今度は一日でも早い外戚(がいせき=母の親族)が父方も母方もが自分自身となる天皇の誕生を願わずにはいられない道長は、
なんだかんだと三条天皇に圧力をかけて、三条天皇の早期退位を画策・・・これにより周囲の下っ端までもが何かと三条天皇一家を軽んじるようになり、両者の仲は、ますます悪化していきます。
結局、眼病を患ったとしてわずか6年後に三条天皇は、自らの皇子である敦明親王を皇太子にする事を条件に長和五年(1016年)に譲位し、道長待望の第68代後一条天皇(ごいちじょうてんのう=敦成)が、わずか8歳で即位する事になるのです(1月29日参照>>)。
その後、三条天皇は譲位の翌年の出家し、その後ほどなく崩御されますが、結果的にこの条件が果たされる事はありませんでした。
そう、(おそらく空気を読んだ)皇太子の敦明親王は、自ら廃太子を願い出て退き、彰子が産んだもう一人の皇子=敦良親王が皇太子に立つのです。
そして、その2年後の寛仁二年(1018年)10月、
その後一条天皇にも四女の威子(いし・たけこ)を中宮として入内させてゴキゲンな道長は、あの「望月の歌」を詠む事になるのです。
♪この世をば わが世とぞ思う 望月の
欠けたることの なしと思えば ♪
今年の大河ドラマ「光る君へ」では、未だ清廉潔白で民思いの柄本道長・・・果たしてここらあたりは、どのように描かれるのか?
ひょっとして闇落ちするのか?
それとも何か他の要因を絡めるのか?
楽しみですね~
…にしても、自分の孫と娘とか、甥と叔母とか…近しい同士で結婚する…って本人の気持ちって、どないなんでしょ??
ま、奈良時代なら、兄弟姉妹でも母が違うと結婚の対象になってたから、まだアリな時代だったんでしょうね~
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コメント
三条天皇即位直前の時期に騒動があったのですね。
いま上京区は京都御所があって京都府庁がありますね。
ところで14日の「光る君へ」では取り挙げた年月の頃に藤原頼通が生まれているのですが、なぜかそれに触れておりません。
投稿: えびすこ | 2024年4月15日 (月) 09時26分
えびすこさん、こんばんは~
頼通は重要な跡取りクンなので、どこかで出て来るんでしょうね~
投稿: 茶々 | 2024年4月16日 (火) 04時39分
茶々さん、こんばんは。
私、このドラマを観て官僚が好きになりそうです 笑。
このドラマの作者さん、話の作り方が上手いですよね。私は読んだ事ないですが昭和の少女漫画か平成の冬ソナはこんな感じだったのでしょうか。
見たいシーンが見れる。って感じですが、そこは源氏物語を描いた女性のお話なので感性豊かな経験は必須だと思いますし、武将系の史実みたいに政治が絡むエピソードはあまりないですものね。
ただ、仰る通り藤原道長のイメージ、違いますよね。絶対的権力の掌握者(言い過ぎ?笑)には程遠い優男ですよね。
でもこれ、意図してるように思えます。
「この世をば」の和歌に対する山本淳子教授の新解釈が生きている気がします。
もしかしたらこのドラマで藤原道長の人物像がガラッと変わってしまうかも⁉️などと妄想を逞しくして楽しんでいます。
(ところで茶々さん、Disney plusの「SHOGUN」はご覧になっていますか?凄いですよ)
投稿: とーぱぱ改めタムチのゴートン | 2024年4月22日 (月) 21時36分
とーぱぱ改めタムチのゴートンさん、こんばんは~
>「この世をば」の和歌に対する山本淳子教授の新解釈…
そうですね。
最近はあの和歌も、そんな奢った意味では無いという解釈が注目を浴びてますから、そういう新しい解釈をドラマに取り入れるのもアリだと思います。
ただ、このキャラのままなら、代々の天皇に次々と娘を送り込むのをどう表現していくのか?逆に興味津々でワクワクしますねw
>「SHOGUN」
は、まだ見てませんが、予告を見ただけでスゴイのが伝わってきます
昔の「SHOGUN」は、あくまでアメリカ国内向けのドラマだった(めっちゃHITしたので日本でも放送された)ので、外国人から見た日本的な部分もあり、実際に日本人が見たら違和感アリアリの部分もありましたが、
今回は、日本人も見る事を想定されて造られていると思いますので、そこは良い感じになってるのでしょうね~
投稿: 茶々 | 2024年4月23日 (火) 04時01分
茶々さん、こんばんは。
連投お許しください。
『SHOGUN -将軍-』、是非。
今作品は真田広之氏が制作に深く関わったそうで、欧米サイドのステレオタイプな日本感エピソードは排除され、セットやCG、俳優の所作まで昭和生まれの日本人が観ても興奮出来る内容に仕上がっていると思います。
ネタバレになるので具体的内容には触れませんが、回を重ねるごとに面白さと重厚さが増してきます(しかも鞠子と按針の演技と台詞の変化が絶妙です)。
こんな作品を令和の時代に観られるなんて信じられません。往年の大河ファンの皆さんに広く周知出来たらしたいくらいですが、地上波での放映は無理でしょうね。
本当にこのドラマは語りたくなり、考察したくなる作品です(落ち葉の方が淀殿かな)。茶々さん、是非。
投稿: タムチのゴートン | 2024年4月23日 (火) 22時13分
タムチのゴートンさん、ありがとうございます
機会があれば、是非!
投稿: 茶々 | 2024年4月24日 (水) 02時47分