奉天からの手紙~森鴎外と日露戦争
明治三十七年(1904年)11月20日、日露戦争に従軍中の森鴎外が、息子に絵はがきを送りました。
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森鷗外(もりおうがい)は、『舞姫(まいひめ)』や『阿部一族(あべいちぞく)』、『高瀬舟(たかせぶね)』などで知られる
明治→大正→昭和期にかけて活躍した小説家ですが、
ご存知のように、東京大学医学部を卒業した医学博士であり陸軍軍医でもあった人です。
ちなみに、
当たり前ですが、小説家としては森鷗外、お医者さんとしては本名の森林太郎(りんたろう)で活動しておられます。
(このページでは鷗外呼びします)
とは言え、一般的にはやはりお医者さんより小説家・作家としてのイメージが強いですよね~
…というのも、代々津和野藩(つわのはん=島根県鹿足郡津和野町)の御典医(ごてんい=大名に仕えた医師)の家系に生まれたうえに、その優秀さ故10歳で勉強のために上京し、翌年=11歳で東京医学校(とうきょういがっこう)に合格して入学しちゃったもんだから、
卒業後には成り行きで父の病院を手伝ってはいましたが、
本人はず~っと、
「物書きになりたい」
と思っていはったようで。。。
しかし、今だってそう…
もちろん、お医者さんも大変な職業だし優秀でないとできない仕事ではありますが、なんだかんだでご本人が頑張って免許取ったなら、高確率で病院に務めてお医者さんになれるわけですが、
物書きは、
文章の上手な人がいくら頑張ったとしても、
「なりたいからなれる」=「それで喰っていける」
仕事ではないわけで・・・
なので若き日の森鷗外も、漠然と
「ドイツに留学したいな~」
と思いながら、腰掛状態で実家の病院を、ただ手伝ってた…というのが現状だったようです。
…で、その宙ぶらりん状態を見るに見かねた友人の応援&推薦によって、明治十四年(1881年)の12月に東京陸軍病院(とうきょうりくぐんびょういん)に軍医(ぐんい)として勤務する事になったのです。
その半年後には
「ドイツの衛生制度の現状を調べる」
名目で、念願のドイツ留学も叶います。
明治二十一年(1888年)に帰国してからは、陸軍大学校(りくぐんだいがっこう)の教官などをしつつ、留学中の事を日記にしたり、翻訳の仕事をしてみたり、同人たちとともに『しがらみ草紙(しがらみぞうし)』なる文芸雑誌を創刊したりと、文筆活動も盛んになって来ますが、
一方で、明治二十七年(1894年)に始まった日清戦争(6月9日参照>>)や、明治三十七年(1904年)からの日露戦争(2月9日参照>>)にも従軍し、軍医としてもトップクラスの重要人物となっていきます。
そんな中での今回ご紹介の絵はがき。。。
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日付は明治三十七年(1904年)11月20日で、あて先は、今年15歳になる長男の於菟(おと)に。。。
葉書には、現在いる場所は書かれていないのですが、
と来て、9月4日には遼陽(りょうよう)入城を果たした(9月4日参照>>)ものの、それ以降は苦戦が続き、来たるべき厳しい冬を極寒の地で迎える事になった日本軍と、
全線開通したばかりのシベリア鉄道を使っての西方からの将兵や兵糧の輸送が可能になったロシア側の明暗に影響されながらも、
この10月の沙河(さが)会戦に勝利してロシア軍を北方へ退けた事で、11月には、その沙河を挟む形で東西約80kmに渡って奉天(ほうてん=現在の中華人民共和国瀋陽市)の南方に対峙していた頃なので、
鴎外も、従軍するこの第2軍とともにいたと思われます。
内容としては
「西洋紙
毛布
松魚節(かつお節)
未噌(みそ=味噌)
到着したよー」
追記は義弟の小金井良精(こがねいりょうせい)に対する物で、
右下の□に囲まれた部分は
| 19/Ⅺ Max. 9.0°C Min. -4.5°C |
という、
前日=11月19日の宿営地の厳しい気候=寒いねんアピールです。
何の事は無い内容の単なる手紙のやり取りですが、この時代・・・というよりは、直近以外の長きに渡って、遠く離れた戦地から故郷への通信手段はコレ=手紙しかなく、
厳しい状況下での心を癒してくれる唯一のツールだったわけですからね~
(【本多重次の一筆啓上】参照>>)
鴎外も例外ではなく、この日露戦争の間に約300通と、その生涯で最も多くの書状&手紙を書いています。
この日露戦争では、軍が白米食を採用して麦飯を後回しにした事によって多くの脚気(かっけ)患者を出してしまい、鴎外は、その対応に追われる事になるのですが、
そんな中でも
合間に作った和歌や俳句を送ったり、また何気ない日常とともに「不相変(あいかわらず)戦争最中」や「当方無事」など簡潔な文面での現状報告など、
緊迫した中にも、明日への希望を見出しつつ、戦場での日々を送っていた事がうかがえますね~
と、まぁ
まだまだ、文豪・森鴎外についても色々とご紹介したいところではありますが、一応、歴史ブログなので…とりあえず本日はこのへんで…m(_ _)m
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コメント
森鴎外単独としては意外にも今回が記事の最初となりますね。
森鴎外は逸話の多い人なので次回の登場も待っています。
投稿: えびすこ | 2025年11月26日 (水) 17時30分
えびすこさん、
コメント、ありがとうございます。
投稿: 茶々 | 2025年11月27日 (木) 02時54分